2008年12月15日

12月15日 心の旅路

菜の花日記を投稿し始めてから、もう四年程になりましたでしょうか。お正月休みと旅行を除いて、毎日のように書き綴ってまいりました。そんなつたない日記に、多くのお方が訪問していただき、そしてたくさんのコメントもいただきました。存じ上げないお方様からのコメントでございますので、目頭を熱くして読ませていただきました。心より御礼申し上げます。有難うございました。
そんな菜の花日記でしたが、何事にも初めがあって終わりがありますように、本日の平成20年12月15日をもちまして、閉じることといたしました。日記帳そのものに、もう余白さえなくなってしまったとご承知下さいませ。つい数日前までは、たとえおひとりの訪問者さえいるかぎり、書き続けなければと思っていたのですが、なかなか思うようにはいかないようです。
今の私の心境は、邪馬台国本線に乗り、遠すぎるほど遠い心の旅をしてみるつもりです。こんなハンディある私でも、なにかを感じ何かを思い出すものもあるかもしれません。それもまた楽しいことかもしれませんよね。アクセスしていただいた皆様方、おつきあいいただきまして本当に有難うございました。今のところ、新しい日記帳を用意する予定もございませんので、もうふれあえることもないかもしれません。願わくば、お互いにいつまでも健康を維持できますよう、少しでもより多くの幸福を受けられますよう、パソコンの前で両の手を合わせさせていただきました。
それでは皆様、さようなら。

さっぜさん
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2008年12月14日

12月14日 お殿様

今日は赤穂浪士の討ち入りの日ですね。そんな忠臣蔵なんて、数え切れないほど芝居になりました。もういやになるほど聞かされた演目ですね。浅野長矩(あさのながのり)が立て役で、吉良義央(きらよしなか)が敵役として語られ続けています。それも浅野側に賄賂がなかったとして、いじめを受けてしまいますよね。どうして浅野さまは、賄賂を拒んだのでしょう。どうして大石良雄は、賄賂の重要性を伝えなかったのでしょう。元禄という賄賂至上主義の時代に、浅野さまは馴染めなかったのでしょうか。5万三千石の全てを失ってしまいました。それも自分の命とひきかえに。硬質な武士の意地に勝るものなしと、武士道をかたくなまでに貫きとおしたということでしょうか。お芝居や講談ならこうなくっちゃいけませんが、城持ち大名といたしましては、応用力といいましょうか、弁えが足りなかったともいえるでしょうね。そんな仇討ちが幕府にとがめられ、浪士の家族など島送りになったものも少なくないんですね。大島に旅行し、そんな流人の碑が建てられていたことを思いだしました。本当にお殿様の振る舞いが大きな大きな波紋になったという史実に、あらためて封建社会の悲哀を感じます。
昭和62年の大晦日でしたでしょうか、民放ドラマで、「田原坂」が年末スペシャル番組として放送されたことがありました。その場面のひとつの台詞が忘れられません。西郷吉之助が島津久光に、こんな苦言を申し立てるんです。
「 もうこの日本に、殿様はいりもはん 」とこれまでの古い主従関係を否定するんですね。つまり、大名不用論を直々に上奏するわけであります。まさに武家制度がなくなるシンボリックなひとことでした。
明治維新から140年になりましょうか。大河ドラマの篤姫(あつひめ)も今夜で終了です。将軍だの大名だのと、長い長い日本の武家時代が続いたんですね。そんな恐怖の時代に生まれなかったことに感謝でしょうか。

お連絡

突然ではありますが、思うところがありまして、明日かぎりでこの菜の花日記を閉じさせていただきます。
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2008年12月13日

12月13日 サザエさん

皆様方には、いろんな思い出の品や、大事な自分だけの宝物をお持ちのことと思います。なかには自分だけのものとして、人には話したくない物、見せたくない物もあるかもしれませんね。私にはふたつの大事な宝物がありまして、そのひとつが、あるひとからいただいた色紙なんです。
どんな色紙かといいますと、サザエさんの作者、長谷川町子先生からいただいた色紙で、サザエさんの似顔絵なんです。ちゃんと「町子」とサイン入りのものなんですよ。私がある時期、世田谷区の桜新町で仕事をしていたころがありました。桜新町といえば、サザエさんの発祥地ですね。サザエさん通りがあって、サザエさんを製作する姉妹社があって、長谷川せんせいのご自宅があるわけです。そんなおりの昭和六十一年、ある事情から姉妹社と関わりをもちました。その姉妹社のスタッフから、「長谷川先生から色紙を書いてもらい、プレゼントしますよ」なんて嬉しい知らせをいただきました。それから十日ばかりして姉妹社に呼ばれ、代表の方からいただいたものでした。サンダル履きのサザエさんが、にこやかにご挨拶してくれている絵なんです。あの時の感激は、なんともいい尽くせません。桜新町で仕事ができたという運命に感謝しているんです。その色紙は、額縁に入れ自宅の玄関に飾っています。たまに宅配業者から「本物ですか」なんて問われることもありますが、「さあてどうでしょうか」などととぼけています。
そしてもうひとつ、もっと大事なものがあるんですが、それは内緒ですね。

ご連絡

突然ではありますが、思うところがありまして、明後日かぎりでこの菜の花日記を閉じさせていただきます。
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2008年12月12日

12月12日 篠原ジャパン

既にご存じと思いますが、男子の全日本柔道が、斉藤ジャパンから篠原ジャパンに変わりました。その最初の国際試合である嘉納杯国債柔道が、今日から開催されますね。もちろん女子も大事なのですが、やはり男子が頑張らないと盛り上がりません。北京ではどうにか、金二つということで面目を保ちはしましたが、石井の抜けた穴をなんとかカバーしなければなりません。斉藤ヘッドが強化部副部長に昇格し、話題性十分の篠原信一氏が大抜擢されました。私はてっきり正樹嘉美氏がヘッドに就任するものと思い込んでいました。正樹氏は篠原氏の師匠でもありますし、まだまだ篠原氏の起用はないと思っていたのです。篠原ヘッドに対する全柔連の期待のほどがうかがえます。タレント性にも恵まれた篠原ヘッドですから、若い選手たちにも好影響を与えるかもしれませんね。篠原ヘッドには、「道場が面白い、柔道着を着るのが楽しい」と思わせるような、若者受けする不断の稽古を期待したいのですが。
その嘉納杯ですが、66キロクラスに、内柴(うちしば)選手が出場するんですね。北京で勝って、まだ現役続行を表明していましたが、もう出てこようとは驚きでした。彼はかねがね「柔道着は俺の仕事着」と話していましたので、もう職場復帰ということなのでしょう。見上げたものです。大相撲同様、大きな危機に立たされている日本柔道ですが、猛稽古を乗り切っていただき、高々とお祝いの祝杯をわかちあってください。
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2008年12月11日

12月11日 日向ぼっこ

昨日はなんという暖かな恵まれたいい一日だったことでしょう。もうたまらずベランダに出まして、一時間ほど日向ぼっこでした。きょうもOKでしょうか。
基本的に私の住まいは北向きですので、ベランダも北側なのですが、補足的に東側にもベランダがあるんです。その東側のベランダは、初夏の陽気でしたね。本当に有難いですよね、冬のお天道様なんて。暑くなりましたし、まぶしさが嬉しくてたまりませんでした。体いっぱいに日差しを吸収いたしました。皆様はいかがでしたでしょうか。
スウェーデンなどの北欧の国の人たちが、短い夏の期間、日光浴に勤しむはずですよね。自分のお腹がグッと温まりまして、まだ少々風邪が残っていたのでしたが、吹き飛んでしまいました。体力がついて、長生きのエネルギーを蓄えられたような気がしました。いやいや、きっとそうですよ。
そして午後から散歩に出かけたんです。狛江駅を通り、多摩川まで。冬のうららかないい散歩でしたよ。その多摩川には新しい小田急線の鉄橋が敷設され、来年には和泉多摩川から向丘遊園までの間が、複々線になるはずです。そして新百合丘ですとか、町田あたりまで複々線は延びるのでしょう。利便性がさらにグッと高まるのでしょうね。なんとなく嬉しさがこみ上げてきます。
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2008年12月10日

12月10日 さざんか

「さざんか さざんか咲いた道、焚き火だ焚き火だ落ち葉炊き・・・」とか、「愛しても愛しても、アーひとの妻、赤く咲いても冬の花・・・」なんて、今の時期の風情でもあり、色花でもありますね。シクラメンもいいのでしょうが、椿のような山茶花には、寒い冬にさからうような、女の愛の執念さえ感じるものがあります。植木職人にきれいに手入れされた垣根の脇道を歩くとき、ソッと指で愛でたくなりますね。
青い葉っぱに埋もれるように自己主張するさまが、より一層際立って感じられます。
大川栄策さんがしっとりと歌って、もう25年ぐらいになりましょうか。あのころ私の職場の先輩が、酔ってはカラオケでこの歌を歌っていました。私までそんなパターンが身についたものでした。その先輩は、当事そんな不倫関係に身を沈めていたのでしょうか。もちろん問いかけることもしませんでしたが、なにか重なるといいましょうか、寄せるものがあったことは定かだったと思います。それが演歌であり。お酒であり、ハートなんでしょう。その語、異動という別れがあり、田よりも届かなくなりました。私の郷里の先輩でもありましたが、今どんなお暮らしでありましょうか。まだ小田急沿線にお住まいでしょうか。
そして私のイケメン後輩のM君も女性問題でお悩みのようでしたが、どのように解決なされたことやら。たとへ身を固めたとしても、お気に入りの女性とお楽しみなのは悪いことでもありません。でもそのためには、現実問題として充分なお小遣いが必要ですね。年を重ねるにつれ、ふさわしいリッチマンでないとサマになりません。そんな意味でも、私なんか、粋人失格です。
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2008年12月09日

12月9日 キヨウケン

昨日、私の近親者が訪ねてきまして、お土産にキヨウケンのシュウマイを買って来ました。横浜からでしたので、なるほどそれはそれはと有難くいただいたわけです。思い返せば、キヨウケンなんて、最後に口にしたのはいつだったかと思い出してみたものでした。
普段もちろん、シュウマイなんて近所のスーパーで大き目のものを買い、おいしくいただいていますが、キヨウケンとなると25年ぐらいさかのぼります。職場の慰安旅行で、横浜在住のものが、お酒のおつまみにと買ってきたものでした。それ以来でしたね。さてさて皆様はいかがなものでしょうか。キヨウケンなんて遠い他人になってはいませんでしょうか。
当然のことでしょうが、昔からの変わらない、「ザ・キヨウケンシュウマイ」そのままですね。小粒で引き締まったあの味そのままでした。思えば私も川崎生活が長かったものですから、川崎駅のホームでそのたび見かけていたものでした。狭い売店で、赤い包みのシュウマイの折を積み上げて、同じく赤いスーツに白いタスキがけのシュウマイ娘さんが、売り子をしてましたね。そんなかつての様子が、一瞬のうちにリマインドしました。シュウマイそのものより、コンパニオンスタイルのシュウマイ娘さんたちの存在が、都会の駅の風情として、私には強烈な記憶のひとつかもしれません。あのころは私自身せかせかしていましたので、素通りしただけでしたが、今の私の年齢でしたなら、きっとお馴染みの「こんにちはオヤジ」になっていたでしょう。東海道線や横須賀線に乗って、小さく区分けされたシュウマイを、カラシ醤油に漬けてパクついたころが、なんともいえない私の青少年期のひとつでもあったかもしれません。
私の先輩で、「俺はギョウザライスさえ食えば、力がもりもり湧いてくるんだ」といゆ気合いの入った豪傑がいました。私にはそんなことできませんが、シュウマイやギョーザという点心ものが、身近な食事として大事ですよね。
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2008年12月08日

12月8日 ヒトフタマルハチ

今年もヒトフタマルハチの、12月8日が来てしまいました。連合艦隊司令長官の山本五十六(やまもといそろく)大将が猛反対していた、真珠湾攻撃の日ですね。あれから3年8ヶ月、両国は地獄への一方通行をかけぬけていったわけですね。
皆様のご先祖さまや親戚で、戦地に赴いた兵隊さんがおられたお方もおられると思います。私の家内の父親は、南方戦線に従軍したそうです。そして終戦の、帰りぶねの船上から富士山が見えたときには、みんなが生きて帰れた喜びで泣いたそうです。祖国富士の美しさたるや、全身に仏さまが宿ったかのような光を感じたことでしょう。戦いのない平和という普通の状態に戻れた究極の幸福が、どれほど有難いものか、脳天が飛び散るほどの無限の歓喜だったことでしょうね。それまで戦争で負けたことのなかった我が国が、自惚れ果てていた優越感に、とり返しのつかない敗北感に打ちのめされたんですね。参謀本部や軍令部は、なんというオオアマな図面に満足していたのでしょうか。外交力の重要性をつくづく感じます。
今後は新興工業国などとの、経済戦争が活発化することになりましょうか。資源エネルギーやマネーそのものが爆弾になりましょう。どなたにとりましても、土一升金一升(つちいっしょうきんいっしょう)ですよね。領土領海領空、国の全てが大事ですから、経済や外交の争いで負けてはなりません。
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2008年12月07日

12月7日 雨降って地かたまる

東洋大学の陸上部員が、東武東上線内で痴漢行為に及び、逮捕されてしまった事件がありましたね。相手の被害者は高校生でかわいそうなことでした。それも単なる迷惑防止条例違反でなく、強制猥褻罪といいますから、かなりしつこく迫ったものと思われます。
駅員に突き出され、そのまま事件処理いたしましたので、女子校生も少しは気も鎮まったことでしょう。そして、加害者は即刻退学処分でしょうから、罰を受けその責任を果たすことになりますね。
さあ気が気でならなかったのが、駅伝の選手一同や大学当局だったことでしょう。なにせ本学は、箱根の有力校の一角でありますし、なみなみならぬ期待を背負ったチームなんですね。学園全体と卒業生ならびに、選手の家族など陸連からの処分の有無にかたずをのんだことでしょう。決定は「駅伝部に影響なし、箱根駅伝出場に変更なし」の裁定でした。私は、悪くすれば連体責任で、出場取り消しかもと、うれいました。そうなればこれまで苦しい練習に明け暮れした辛抱が、一瞬にしてバブルですからね。大学に限らず、高校生の全国大会レベルの学校が、非違行為に及んで、夢だ消えてしまったなんてしばしばです。やはり基準は、連帯責任のあるなしでしょうね。事の重大性や単独か複数か、組織全体の延長線上に関わるものなのかが問われるのでしょう。結果として一人の部員の破廉恥行為と判定されたわけです。まずは、不幸中の幸いでした。これで東洋の選手は、頭を五厘がににして、死んだ気で全力疾走ですね。チアアッピ チアアップです。
別問題ですが、二年程前になりましょうか、関東学院大学のラグビー部員が、マンションで大麻を栽培して摘発されたことがありました。猛省し、挽回を期して練習を続けていることでしょう。両校とも、「雨降って地かたまる」です。とにかく前を見据えて、しっかりしっかり。
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2008年12月06日

12月6日 いつか和室の中で

東京の高すぎる地価価格の環境に身を置いていますと、田舎のような床の間付の家に住むなんてなかなかですよね。和室といいましても単に畳を敷き、建具として襖を一枚二枚使っているだけのことです。そんな忘れかけた和室ですが、私は実家にそんな和室中心で新築いたしました。とは申しましても、もう二十年も前のことになります。今の私でしたら、多分すべての部屋が、フローリングの洋室に統一するやもしれません。なぜなら、スリッパを履いたり脱いだりが面倒だからなんですね。でもあのころは、まだ畳を重視した住宅感覚だったようです。でも妙なものでして、今後十年とかそれ以上のことを思うと、やっぱり畳のほうが住みやすいかななんて思ったりもします。つまりなんなんですね、畳の場合はいつでもどこでもゴロンと出切る気安さがあるように感じるようになりました。
そしてそのころ、和室の床の間に添えようと、色紙掛け軸を何枚も買い込んでいました。月が変わるごとに銀座鳩居堂(きゅうきょどう)で買い揃えていたんです。これまで活用したことなどございませんが、いずれ役にたつだろうと楽しみにしているんです。そして同じころ、小田急ハルクで買った、益子焼の絵皿と、常滑焼の壷を飾っています。ほとんどこれまで意識しなかったあれこれのアイテムでしたが、このところ思い出すようになりました。そうそうそういえば、合図塗りの重箱もありました。装飾品としてもお役にたてるのではないでしょうか。そんなふうにいまごろ回顧しています。
いつかはそんな田舎の我が家に帰り、住み着くこともありましょう。少しは和風情緒に浸りながら、暮らすこともあるかもしれません。あのころの衝動買いも、無駄ではなかったかもしれません。
posted by さっぜさん at 09:47| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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