2007年07月11日

7月11日 かつおぶし

皆様は普段、鰹はどの程度お召し上がりでしょうか。私は鰹漁業の町で育ちましたので、お米のご飯のつぎに食べてまいりました。今にして思えば、なんとぜいたくな環境にあったのだろうとふり返る次第です。
ところがこの鰹という魚は、ほっぺが落ちてしまうほど、とびっきりおいしいというほどの魚でもありません。刺身やタタキのおいしさはいうまでもありませんが、黒マグロや本マグロの存在があるかぎりその後塵を拝することになります。つまり鰹は、かつおぶしというダシの王様に加工されるところにその価値があるんですね。そば屋さんには欠かせません。かつおぶしは世界一堅い食品といわれています。そのかつおぶしなんて、もう滅多に現物を見ることもなくなりました。進物として贈られることも少なく、いただいても使いみちにお困りのことでしょう。一般の家庭では、専用の削り器もなければ、木を削るカンナもないと思います。ですから、もしかつおぶしをいただいたなら、カッターナイフか包丁で削るしか方法はありません。
最近、体力に自信を失いかけたあなた、けずりぶしに味噌を少々加え、熱いお茶をそそいで飲まれると力がつきますよ。昔のお侍さんが戦にのぞむとき、非常食として小さなかつおぶしは必需品でした。そういう意味で、私ももうそろそろ、40年前、父親が飲んでいた味噌茶ぶしに戻りそうです。
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2007年07月10日

7月10日 ショートストーリー9 遠い日の晩夏

通信      チトフナプライベート書房
送るひと    町頭 幸三
だい      ショートストーリー9「 遠い日の晩夏 」



鹿児島県星空市。東シナ海を臨むこの町は、日本の南の終着駅として鉄道ファンの注目を集めている。JR鹿児島中央駅から黒潮西線(くろしおさいせん)で2時間30分。海沿いを時速最適キロメートルで、車体をきしませながら、南へそして西へ向かう。水無月も中旬の夕刻6時9分、二両編成の黒潮西線パートU海っ子2号は、星空駅の無人ホームに到着した。白いボディーにブルーラインなんて、東京神奈川間の小田急線を連想させる。
私は東京都狛江市から一時帰省し、もう十七日目を数えている。東星空十番地という町名番地の四回自室の上げ下げ窓から、西日に照らされたホームを、このところ毎日見ている。この時刻の列車なら、多い日で10人前後、少ない日なんて3〜4人だったろうか。それも、老人や男子高校生が目だっていた。まばらな乗客の黒潮西線を、人体に例えるなら、足のつま先を流れる血管にも似た、日本の最末端のローカル線といえる。さびれかけた南日本の終着駅の、寂寥感を感じていた。それが今日に限ってどうしたことだろうか。いずれも浴衣姿で、十台半ばと思われる女性二名が、ローカル列車から降りて、熱っぽく語り合いながら、ホームを歩いている。もちろん会話が聞き取れるはずもなく、ただ涼やかな浴衣の夏の装いに見取られ、妙に行き先が気にかかる。
二人は仲のいい姉妹なのだろうか。二人とも同じ絵柄で、白地に赤と水色の花模様が染めぬかれている。季節的に朝顔ではと思うのだが視認できない。盆踊りにせよ納涼花火にせよ、時期がまだ早すぎる。二人はホームを離れ、中世ヨーロッパのアムステルダムのたたずまいをイメージしたという赤レンガで整えられた駅舎を出てくる。私の真下を通り、北へ去り、二人の姿はすでに見えない。下駄の響きだけをかすかに残しながら。
浴衣というと、これからの季節の風物詩であるばかりでなく、和的ななにかの芸ごとの稽古着のほか、夏場の寝巻としても重宝このうえないものだ。
その浴衣なのだが、あんなことがあってからもう45年になる。揺らめく陽炎のような、なんとも不思議な思い出であろうか。そして今でも、セピア色に変色した、モノクロで写されたライカ版の二枚の古い写真を大事にしている。その写真は・・・・。


私の父は上野小太郎といい、昭和37年8月、複雑な内臓の長患いで私立病院の病床にあった。私は中学一年生の夏休み期間中でもあり、自宅と病院の往復が常だった。入院当初まだ元気そうだった父も、ここにきて生気を失い、口数も少なくなってきている。そしてその父が、私を説き伏せるように話し出した。
「なあ誠二郎、お前だけに頼みたいことがあるんだ、頼みを聞いてくれるよな」
「ああ、でも俺でなきゃだめかい。かあさんや正一郎兄ちゃんじゃあいかんのか」
「ああ、いかんのじゃ。お前のツラでねえといかんのじゃ」
父には妙に切迫感があり、なにか私にすがるような気持ちが伝わった。
「ああなんじゃろ、どげんすればよかじゃろ」
「いいか二人だけの内緒話じゃ。簡単なことであって難しいことなんだが、父さんが着る浴衣を買ってきてほしいんじゃ。高台の仰星本町に、フジイという呉服屋さんがあるのを知ってるじゃろ。そこへ行って買ってきてくれ。だけどじゃ、ご主人とか、店員さんとかから買ってはならん。必ず奥様から直接買わんといかんぞ。わかったな」
エッ、いなかったらどうする」
「そんときゃ出なおせ。父さんの身体は、160センチの57キロと言えばよか。色とかガラとか、なんでんよか。そしてこう奥様にお願いするんじゃ。一度でいいですから、奥様に袖を通してください。通していただいたあとで、買います。とな」
「そんなこと言えるわけがなかよ」
「そこを勇気をだして言うんじゃ。こんなこと頼めるのは、誠二郎お前しかおらん」
怖い顔になった父にかなうわけがない。私は、渋々うなずいた。
「5千円ある、足りるじゃろう」
父は私に千円札5枚を手渡した。初めて手にする大金だった。百円札が急に小さなお金に見えた。
病院から呉服店まで約2キロ。急いだ。


仰星本町のフジイ呉服店。直近まで来たものの店に入れない、入りづらい。ただ浴衣を買うだけならたやすいことなのだが、おまけなことがついている。こんなこと予行演習のしようもなく、ただうまくいくことをなにかに祈り、正直にお話するのみ。おそるおそる店内に・・・・。
畳を敷いた広い座敷があり、若い女の店員さんが、客であろう年配の奥様らしき女性と話していた。私は口が動かず、棒のようにたっていただけ。
「いらっしゃいませ、なにか」
と、声はかけられたものの、私は言葉が出ない。それでもどうにか
「あのう、ここの奥様に・・・・」
いぶかしげな顔で店員は私を見て、「奥様にご用なの、なんの用なの」と聞き返した。私のような中学生が客に見えるはずがない。それでも用があることだけはわかったのだろう。店員は、奥に通じる暖簾を押した。
同時に奥様とわかる女性が現れた。着物姿ではなかったが、お化粧をした小奇麗なひとだった。たぶん父とは同世代ではなかろうか。
「僕はなんの用なの」
やはりいぶかしげに聞かれたものだ。もう正直に話すしかない。
「あのう、父親の浴衣を買いたいんです。浴衣だったらなんでもいいんです。160センチの57キロです」
「アラアラそうだったの、いま用意しますからね、そこにおかけなさい」
やさしくうながされた。
「そうね、Mサイズでいいでしょう。いくつかあるけど・・・・」
奥様は、棚からビニールの袋にはいった涼しそうな浴衣を三種類見せてくれた。
「どう、お父さんはどれが気にいってくれるでしょうね」
私は恥ずかしかった、苦しかった。それでも父のためと思い、
「あのう、父が・・・・、奥様に袖を・・・・袖をとおしてもらってから買ってこいと言っていました」
「エッ・・・・」
「・・・・すみません」
私は小声で誤り、下を向いた。奥様は私の顔をしげしげ見つめ、
「ねえ僕、僕のお父さんの名前はなんておっしゃるの、おうちはどこなの、おばさんに教えて」
なにかを諭されているような気もしたが、なにか訳ありのようなものを感じてもらえただろうか。
「東星空十番地の、上野小太郎といいます」
きっと私の父を知っていたと思う。奥様の顔に微かな笑みを感じとった。
「アラアラそうなの、それでお父さんはおうちで待ってるの」
「いいえ、市立病院にもう長いこと入院しています」
ボソボソと応えるのが精一杯だった。奥様は何かを感じてくれたのでしょう、私をかばってくれるように、
「僕は靴を脱いで冷たいジュースでも飲んでいきなさい。さあ上がって」
思いがけないことだった、私を迎えてくれる。もううんと恥ずかしく照れくさいことだったが、いわれるままに。お店から中にとおされ、台所のある畳の部屋にきちんと座った。奥様は冷蔵庫からサイダーを取り出し、栓を抜き、コップに注ぎ、丸いちゃぶ台に置いてくれた。
「これ飲みながら待ってるのよ、すぐきますからね」
そう言い聞かせ、浴衣のひとつを手にし襖を開き、奥へ消えた。サイダーが冷たかった。家庭の電気冷蔵庫なんてはじめて見て、その冷蔵庫で冷やしたものをはじめて飲んだ。炭酸が喉を締め付けるように刺激する。なにか目の奥まで刺激されたような気がする。5分ぐらい過ぎたろうか、襖が開いて、浴衣を着た奥様が立っている。私には、テレビで歌う橋幸夫のような絵姿が連想された。母には見られない凛とした着こなしで、その世界にはまった姿を見た。いなせな着こなしなんて、こんな様子をたとえるのだろうか。
「もう少し飲んでって、おばさんもいただくから」
こうしてさらに10分程度おじゃましたろうか。私には兄がいて、中学一年であること、そして父の病状について、聞かれるまま応えた。
「おばさんも少し汗かいたみたいだから、襟元にお花の香りをつけといてあげるね。またここで待っているんですよ」
奥様はその浴衣姿で奥の部屋へ。白地に青色の扇をいくつも散りばめた、舞台の衣裳で見るようなものだった。女性なのに、角帯というんだろうか、男ものの帯姿でさえサマになって似合っていた。そして病室の父の様子をふと思い浮かべたとき、奥様が戻られた。はじめの洋服姿で戻り、浴衣をたたみなおし、ビニールの袋におさめ、紙袋に入れて私に渡した。
「いい僕、さっきおばさんが着た浴衣がはいっているから、お父さんにわたして。お金はいいから、早く元気になって退院してくださいと言っていたと伝えてね」
「エッ、お金はあるんです」
「いいのよ、おばさんからのお見舞いよ。帯も入れといたから、すぐお召しになれますよ」
私はこれでいいのかと迷った。でも、そんなふうにおっしゃるのだから、そうするしか。奥様にもせかされ、一例だけしてお店を出た。夏のヒリヒリするような日差しも和らぎ、たそがれ前の穏やかな潮風がにおい、沖にそびえ立つ立神のお岩も、岩戸のお山も赤く染まりはじめている。肩の荷も胸のつかえも降りたのか、足取りも軽く病院へ。 

父の待つ215号室。父の耳に私の弾んだ足音が聞こえたろうか、予感がしたのだろう、父は私が帰り着くことがわかっていたかのように、ベッドに正座しながら迎えた。そのときの私の顔は、満面の笑顔だったはずだ。父も笑顔だった。私は袋ごと渡し、
「ちゃんというてきたぞ、きれいな奥様じゃった。浴衣を着てくれてな、一緒にサイダーまで飲んだぞ」
と、誇らしげに伝えた。父も私の両肩を掴み、「ようやったのう、ようやったのう」と、褒めてくれた。
そしてそのときのことを、一部始終話した。要領を得た話し方ではなかっただろうが、覚えていることの全てを話した。父は浴衣を膝の上に置き、何度も何度も指で撫でるように触りながら聞いていた。無愛想でぶっきらぼうな父で、オセンチな表情など似合いもしない男だったが、涙を目にためている。奥様からのお見舞いだからといわれ、いただいたことを話した瞬間、こらえきれず声と涙があふれた。
私にはそのときの父の感激のすべては計り知れないが、あの綺麗で上品な奥様に寄せる思いがあることはわかっていた。これ以上この病室にはおられない。帰ることを告げ、ドアのノブに手をかけたとき、誠二郎ありがとう、金は好きに使え」と声がかかった。ズボンの後ろポケットにしまったままのお金をまだ渡していない。ただうなづき、ドアを閉めた。殺風景で消毒液の染み込んだ病室も、今だけは、大人の香水がささやくように揺らめき誘いかけている。どこか遠い国の、髪の色の違うひとたちが暮らし、十二色に咲いてかぐわしい花園のような・・・・。

そして二日後、お医者さんから、「家族や親戚は集まりなさい」との連絡があり、母と兄と私、そして叔父が揃って病室に。父はいびきをかいて眠っていた。あの浴衣を着ている。私は毛布の中に手を入れ、腰の帯を確かめた。しっかりとあの角帯を締めている。母は浴衣についてなにも不自然に感じていない。病院からのサービスぐらいにしか、感じていなかったのだろう。私は少しばかり優越感を感じた。
カメラ好きの叔父が、父の寝顔と、家族三人での写真をとってくれた。もう長いことはないのだろう。どんな夢を見ていることやら。自分だけのいい夢を見てくれ。
そして翌日、息を引き取った。死因は膀胱ガン。8月29日の夕刻のことだった。

いま私はこうして生まれ故郷にいるが、あまり外出していない。だから詳しい町の様子もわからない。仰星本町の今の様子もわからないが、20年前、あの呉服屋さんの前を歩いたとき、お店はすっかりおしゃれに立て直され、あのころのよすがはない。当然代替わりしたのだろう。
わたしは二人兄弟で、兄は母親似、そして私は父親似で、父親の顔のコピーなんて揶揄もされた。あのとき、兄が父親似であったなら、兄がその使いを頼まれたのかもしれない。
私も扇散らしの浴衣があれば着てみたいものだ。そうそう、葬儀屋さんから、「お召し物ヲを取かえましょう」とうながされたが、私が拒否した。トンボの絵柄の浴衣だった。だってあの奥様からの、大事な大事な贈り物だったから。あの浴衣に勝る旅立ちの装束はなカッタハズダ。
あの奥様がご壮健でいてくれれば、ただひたすら嬉しい。年を重ね重ねて、すでに傘寿を過ぎておられよう。
粋なお取り計らいをありがとうございました、富士井礼子さま。


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7月10日 オシムジャパン

サッカーのアジア杯が、ハノイで始まり、日本が登場しましたね。1点リードしてましたが、なんとなく同点にされそうな不吉な予感がしていたんです。それが、終了まぎわ「あーあ、やっぱり」ということになり、ドローということになりガッカリでした。やはり逃げ切るためには、2点差ないと安心できませんね。
日本にはJリーグ、J2、JFLと組織的にも充実し、外人選手も多数かかえています。ですからハイレベルだろうと、つい錯覚しているんですね。でも、まだカタールには勝ったことがないといいますし、メジャー国になるにはまだ遠いことのようです。
疑問なのは、なぜ外人監督を迎えるのか不思議です。オシム、ジーコ、トルシエと日本語を使わない監督で、本当に監督ができるんでしょうか。もちろん、以心伝心だの、目は口ほどにだのといえましょう。そして長い合宿で、一心同体もつちかわれるでしょう。しかしどうなんでしょうね、契約がすぎてしまえば、自国に帰れば他人です。日の丸という共通したものを持ちません。野球のように、長島、王、星野というようにおなじみのヒーローさんがよろしいと思うのですが。
ところで、オシムさんはどこの国のおかただったでしょうか。オランダだったでしょうか。
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2007年07月09日

7月9日 オザワさん千葉さん

昨日の朝のテレビ番組「報道2001」で、各党の党首が集まり、参院選について、民主党のオザワ一郎代表が重大な決意を表明しました。ご覧になられたおかたも少なくないと思います。自民党を過半数割れに追い込めなければ、代表辞任はおろか政界を引退するというんですね。もちろん私も驚きましたし、司会の黒岩アナも「なんて発言を」という驚きばかりでなく、困惑した複雑な表情になりました。それもそうでしょう、信じられません。真意なのかパフォーマンスなのか計り知れませんでした。一度吐いたセリフですので飲み込めませんが、このさきいったいどうなるのでしょう。不安な気持ちで、注目しなければいけません。そしてその後、正式に記者会見し、決意が固いことを表明しました。なんとなく浪花節の世界を感じるのですが、どんなことになるのでしょう。
そして土曜日のお昼、NHKのライブ番組で、男優の千葉真一さんがゲスト出演し、「風林火山の家老役を最後に、千葉真一から離別する」といいだしました。これにもびっくりでして、司会者からお客さんまで、「どうなってるの」という具合です。つまり、男優と決別し、別な私が面白いことに挑戦するというんですね。それ以上の具体的なことにはふれませんでしたが、決意は固いようです。要するに一度限りの人生ですので、別なことに挑みたいとのことでした。いいじゃないでしょうか、マルチな可能性を秘めたかたでしょうから。とにかく好きなように自由にやりたいことにぶつかっていくなんて素晴らしいことです。
オザワさんは選挙の結果次第ですが、千葉さんはすでに走り出しています。とにかく先を恐れず、「飛んでいけ!」
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2007年07月08日

7月8日 七月場所

7月ですね。二ヶ月ごとの大相撲が、始まります。今場所から、東西に横綱が顔を揃えるということで、前売りも上々でしょうか。
しかしながら、先日の新弟子検査で、うけた若者が誰もいなかったというから寂しいですね。体重が足りなくて、水を一升ビンで飲んだとか、身長が足りなくて、頭にシリコンを入れたなんて、大昔の話になってしまいました。新弟子検査も少し緩和され、身体的には今の若者なら、軽くクリアすると思います。若者にここまで敬遠されるということは、相撲という競技が、しめこみだけの裸の格闘技であることと、あまりに非現代的な角界独特の制度が受け入れられないのでしょう。仮に私が中学生か高校生で、その資質充分だったとして、どうでしょう角界の門をたたきましょうか。やはりあの前時代的な世界のことを考えると、二の足を踏むかもしれません。だいたい相撲というスポーツをするのに、なんでマゲをゆわなければならないのか、なんて疑問をもつかもしれません。もっともあれがお相撲さんらしくていいんでしょうがね。
とにかく大相撲を存続させるためには、小学校から体育の時間で相撲を割り振りしなければいけません。でも、文部科学省は、「時代にそぐわない」ということで検討の余地なしということでしょうか。やはりプロをめざす若者に、あらゆる待遇をよくするなど、他のプロスポーツと遜色ない世界でないと。
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2007年07月07日

7月7日 おサカナさん

昨日のお昼のテレビ番組で、「食卓から魚が遠ざかる」なんて、気になる報道がありましたね。今の日本の魚の主流は、輸入ものということで、そうだろうと思いますが、その輸入物でさえ外国の魚需要の高まりで競負けしてしまうそうで「買い負け」というそうですね。
しかしそれもこれも、漁師さんがいなくてそこをなんとかしなければいけません。日本は海洋国ですので沿岸や近海に豊富に宝は泳いでいると思うのですが。私が子供のころは、漁船が港に延々と並び、魚であふれかえっていたものでした。その日本が魚でピンチなんて信じられません。寿司や刺身がピンチなんてどんなことなんでしょうか。
昔は海があり、山があり畑があるから、なかば矯正的に漁業や農業に従事させられたのですね。それが戦後、意識までも高度成長し、高学歴が普通学歴になり、生きていく基本が変わりました。でも日本がこんな状態が続くなら、逆手にとって、漁業もまたビジネスチャンスですね。
どなたかおられませんか、海の宝物を水揚げし、一攫千金を狙うおかたは。若者でも、退職予定の団塊さんでも。
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2007年07月06日

7月6日 あの歌 あの歌手 あの時代

「遅かったのかい、君のことを好きになるのが、遅かったのかい・・・・」なんて、歌謡コンサートの時代の歌コーナーで、「今は幸せかい」を歌ってくれました。いいですね、佐川満男さんの、あのムーディーなテクニックと、オーケストラの演奏。もうたまりませんね。10歳ないし20歳若かったならば、はやりのスーツを着て、財布をふくらませて、夜のネオン街に溶け込みたくなります。
そして先週は、にしきのあきらさんで「空に太陽があるかぎり」でした。これもまたグッドでして、聞きながら体温が上がっていきました。このコーナーに呼ばれた皆様は、歌う前に当事の思い出をかたりますが、50代60代と年を重ねられ、当事のヤンチャざかりもすっかり色あせ、丸みを帯びてきてますね。そして、枯れてきた自分をどうにかして熟れた果実にみせなければいけません。意地悪な見方をすれば、その努力や工夫も、見る側にはおもしろくもあります。
たぶん次は俺の番だなんて、出演依頼を待っておられる歌手のかたも多いことでしょう。磨きをかけてスタンバイし、当事よりうんと味わいのある歌を聞かせてもらいたいものです。
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2007年07月05日

7月5日 軒下セール

私も世田谷住まいが長かったものですから、地元農家のかたが直接軒下で売る、野菜の無人販売にはお世話になってきました。それが狛江市に移り、世田谷以上にありがたい思いをしています。やはり農家が多いんですね。
今の季節なら、トマト4個で200円。キュウリ3本で100円でしょうか。スーパーとくらべ、値段的にはどうでしょう。安くもありましょうし、高めのものもあるかもしれません。しかし流通を経ることもなく、もぎたてを即販売するわけですので、新鮮このうえなくまるで自分が農家みたいな気分になります。いいですよね、こんなスタイルの「小さな愛のベジタブルセール」なんて。じつをいいますと、その野菜うんぬんという前に、ビニール袋に入れて、ひかえめでサイレントな物売りのスタイルが好きなんですね。もうかわいくてかわいくて。10円なり20円なり真心の消費税をつけたくなります。
私の田舎は魚の町ですので、こんな売り方ができたらいいのでしょうが、肉や魚はこうはまいりません。でも、なんとか工夫をすれば、話題になるやもしれません。
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2007年07月04日

7月4日 選挙と詐称

今春の世田谷区議選でトップ当選なさったかたが、経歴詐称の事実が発覚し、辞任しましたね。過去の経歴をステップアップさせたとか。やはりまだまだいるんですね、学歴や経歴の詐称なさるおかたが。三等を1等にし、高卒とかなじみのうすい私立大学を、慶応義塾大学にしたならかっこいいし、ハクもつくというものでしょう。しかし、バレたあとのことを思うと、かっこ悪いことはなはだしいでしょう。
そのことで即座に思い出すのは、平成11年のサッチーさんです。いやああのひとはよくぞやりましたね。なにせ米国コロンビア大学精神心理学ですからすごいものでした。それもあの時代、インビテーションスチューデントというのですからホラも桁違いです。まるで世界的頭脳の持ち主ということになります。とにかく財を掴むことに異常なまでの執念をみせておられました。ご主人も一連の騒動をサポートするかのように、「うちの女房はド−ベルマン」という本を出版なさいましたね。売れたというニュースは聞きませんでしたが、買われて読まれたおかたもいらしたでしょう。
競走社会ですので、あらんかぎりの知恵を働かせて生きていかなければいけません。ですが、詐称は悪知恵ですので、でっかいお灸をすえてもらわないと。
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2007年07月03日

7月3日 世界遺産

つい先日、島根県の石見銀山が世界遺産に登録されましたね。日本で14番目ということらしいのですが、もちろん全部を知ってるわけではありません。そこで調べた結果を、古い順に羅列しました。
法隆寺、姫路城、屋久島、白神山地、京都の文化財指定地域、白川五箇山の合掌造り、原爆ドーム、厳島神社、奈良の文化財指定地域、日光の自社、琉球王国のぐすく、紀伊山地、知床、石見銀山
ということなのですが、やはり異質な存在は、原爆ドームですね。もともと、広島県産業振興会館として、地元経済人んのよりどころだったのでしょう。それが、人類のマイナスを意味する世界遺産なんて喜べるものではありません。
そして、東京がありません。徳川武家政治のシンボル江戸城はなく、吉原の遊郭街も大火で失い、五重塔ではインパクトが足りず、その候補にふさわしいものはないのでしょうか。大江戸情緒はともかくとしまして。やはり富士のお山がないのは寂しいかぎりです。なんとか今世紀半ばごろまでには登録していただいて、ユネスコ全体で保存してもらいたいものです。
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2007年07月02日

7月2日 「しょうがない」だなんて

久間防衛大臣が、私立大学での講演で、軽率なことを発言しましたね。いろいろと苦しい弁解をしてますが、やはり見苦しい弁解です。誰が考えても、原爆を二発も落とされて、「しょうがない」はありません。婦女や老人子供を含めた市民二十数万人が犠牲になったわけですので、しょうがなかったは絶対ありません。この数字は、満員の甲子園球場五つ分の観客数に相当します。気が遠くなります。
終戦という大局的な結果を実現するためには、日本全体という総合的な大前提を思うとき、それ以上の犠牲者を防ぐという意味で、「背に腹はカエラレナイ」という思いがあったのかもしれません。それでも犠牲者のことを思えば、こんなこと口にだせません。犠牲になられたかたは、お墓の中で「なぜ広島だけが長崎だけが」という無念でならないでしょう。
国の防衛をあずかる最高責任者がこの意識では失格です。北朝鮮からミサイル攻撃を受けても、自分や家族に被害がなければ。日朝のことを思うと「しかたなかった」になりかねません。
よく危機管理が問われていますが、いつになってもどんな教訓があっても有効に生かされず、こんなものかもしれません。
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2007年07月01日

7月1日 ロマンスカー2

一昨日のブログで、ロマンスカー50年ということで書かせていただきました。お陰様でコメントまでいただきまして嬉しい気分でいっぱいです。そこで、ロマンスカーにかん址、もう少しグリコのおまけをつけさせてください。
ロマンスカーVSE弁当なるものが、一個1000円で車内販売されるそうですね。季節により中味を変えていくそうで、益々お楽しみが増えそうです。そのお弁当の形が、ロマンスカーの形をしているということで、子供さんにはおおうけじゃないでしょうか。しかも、面白さ珍しさのあまり持ち帰ってくれれば、ゴミも増えません。いいですよね夢があって。
そして、6日から、往年のロマンスカー1号を走らせると聞いています。あのころ若かったあのひとこのひと、箱根に宿を予約され、タイムスリップさせ、なにかを取り戻すのもいいことですよね。車内でなにかいいものをオーダーし、走り去る風景を見ながら、乾杯してみたいものです。
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