2007年10月20日

10月20日 村田さん

いま古賀政男さんの無法松の一生を習いはじめました。この曲は前奏がいいのですが、その前奏ぬきでいきなり歌から初めています。無法松といえば、古賀先生より歌の村田英雄さんを思い出すお方が多いでしょうか。
村田英雄さんといえば、無法松の他に、王将や皆の衆なんてすぐに思い浮かべますよね。浪花節で鍛えた喉ですから、グッと聞かせてくれます。
その村田さんもお亡くなりになり、ご存命なら80歳でしょうか。テレビ番組でこんなエピソードがあったことを放送していました。どういう訳か記憶に残っているんです。ご存じのお方もおられると思いますが、かわいいお話の部分があるとおもいますので、書かせてください。
その一。
村田さんがバリバリに売れはじめたころと思います。地方公演の帰りだったのでしょう、ある空港のかうんたーで、そのご本人がけたたましく怒っていたそうです。「満席とはどういうことだ、俺は歌手の村田英雄だ乗せろ」なんて食い下がっていたそうです。その状況をたまたま島倉千代子さんが目撃していたというんですね。島倉さんは、「まあ村田さんはなんという困ったことを」なんて、驚きましたとのことでした。その先は触れませんでしたが、コックピット内かスチュワーデスと同じ席にでも座るつもりでもいたのでしょうか。あるいは、乗客の脇に立って、吊革を掴んで乗ろうとでもしたんでしょうか。
その二。
初めての外国旅行が予定されていたのでしょう。パスポートの申請の記載事項のSEXの欄に、「週に二回」なんて書いたというんですね。「本当は三戒だけど、控えめに二回にしとくか」なんて、遠慮ぎみに深刻したのかもしれません。漢字の併記はなかったのでしょうか。うなずきながらやさしくほほえみたくなります。
その三。
アメリカの西海岸かハワイだったと思いますが、街を走る車を見て、「さすがアメリカは富める国だ、走っている車はみんな外車だ」と感心したそうです。かつてのお上りさん的なユーモラスを感じますが、無意識のうちに、そんなふうに錯覚する時代だったのかもしれません、
テレビで気むずかしそうに歌っていたように感じましたが、案外ナイーブ親父だったのでしょうか。
posted by さっぜさん at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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