2008年06月30日

6月30日 埋蔵金

報道によれば、フランスで突如油田の採掘が活気づいていますね。フランスという国は日本同様、99パーセントを輸入に頼っているんですね。ガソリンも日本より50円ぐらい高いようです。
そのフランスに、石油が産出したなんて夢のようなビッグニュースです。しかも海底油田でなく内陸の油田ならば、尖閣諸島のように「俺の国のもんだ」などともめることもなくみんないただきですね。いかほどの埋蔵量なのかまだ未確認のようです。驚きましたね、フランスのような西ヨーロッパの中心国で、中東のような石油コンビナートが見られるなんて。このドリームが発展したなら、フランスは一気に国力がアップすることになります。他国に輸出するぐらい産出したものなら、アメリカと肩を並べるような超大国になりましょうか。
なんでも花のみやこパリ近郊にも、鉱脈があるといいますから信じられません。パリ盆地は油田の真上ということで、アラビアムードに包まれたオリエントスタイルな国となんとなくダブってきました。日本も秋田油田だの新潟油田だのと、いくらかなりとも産出しているんでしょうか。北海道や九州に、宝が埋まってないものでしょうか。過日、厚生労働大臣が年金問題に関連して、「お金が空から降ってくるわけではありません」なんてコメントしてました。でも、地下や海底にはお金が眠ってますね。埋蔵金なんてこのことをいうのかもしれません。
ある著名人が、国防と食料とエネルギーは永久の問題と述べていました。このことに常に留意し、さらに節約とリサイクルを徹底して少子化対策をクリアできれば、国は富続けていけますね。
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2008年06月29日

6月29日 グランドチャイルド

来月の初旬から中旬にかけて、私の大事な大事なアオ君とナノちゃんの二人が、両親に伴われて遊びにくることになりました。二月に、私どもが九州を訪問して以来ですから約五ヶ月ぶりになります。どこの家族もそうでしょうが、どうしてグランドチャイルドはこうもかわいいのでしょう。そんなふうに歌う歌謡曲がありますが、しみじみ実感しています。
ひとつには、自分が相当なほどに年とったということなんでしょう。若かったころのギタギタした感情も環境もなくなり、体力の自然な衰えと同時に慈悲めいた感情が先立ってくるんでしょうか。それだけ仏様が近くなったことの証なのでしょうか。そしてもうひとつは、自分の子供が成人し、「あの子がもう一度幼いころに返ってくれたらなあ、もっともっとかわいがってあげられるのに」なんて思うこともあります。それが我が子を介して、赤ちゃんという新しい我が子が生まれたと同じことのような気がします。
よく世間で、「孫は責任がないからかわいいのよね」ということを耳にします。そうなのでしょうか。確かに直接の養育はありませんが、グランドパパやグランドママなりの責任をひしひし感じています。なにも干渉波いたしませんが、心構えはいつでもどんなときでも。
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2008年06月28日

6月29日 くちなし

このところ散歩がてらのウォーキングをご無沙汰していました。なんとも久しぶりのオイッチニでした。
喜多見駅前から、不動坂を登って成城のご立派なお屋敷町を歩いたしだいでした。特に変わったこともなく、歌手のSMさんの邸宅前を通過して帰宅したわけであります。そして、不動坂を下ったわけでありますが、今日は車がかなり渋滞していたんです。お陰様で、車の排気ガスをこの坂道で腹いっぱい吸わせてもらいました。外を歩けば気も晴れてせいせいするんですが、排気ガスのご馳走もいただかなければなりません。有難くないですよね、こんなもの。
そんな不快な状態でいささかごきげんななめでしたが、ふと道端にくちなしが咲いていたのに気づいたんですね。そんなくちなしの存在なんて、すっかり失念していました。もう完璧な夏になっていたんですね。当然その優雅で高貴な匂いをかがせていただきました。あのジャスミンとは違った夢心地の香りですよね。身体がすっかり清められ、重々しいシイオウツーが中和された気分でしたよ。どうしてあのような芳しい匂いを奏でられるのでしょう。いっきに夢ぞの花園に恋した気分でした。ひと呼吸置いて、伯爵夫人と鹿鳴館でのひとときを想起したんです。ワインをいただいて、ワルツを踊る。そんな白昼夢さえ見えてまいります。
散りゆくその前に、もう一度ラブコールを。明日か明後日かに・・・・。
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2008年06月27日

6月27日 弱いアメリカ

昨夕のニュースによれば、とうとうアメリカが、北朝鮮のテロ支援国の指定を解除しそうな雲行きですね。悪い方向にハンドルを切ろうとしているような気がしてなりません。ブッシュもライスも、「アメリカは日本の拉致問題を決して忘れない」なんてスピーチしてますが、なにを意味しているのでしょう。またどんな状態を想定しているのでしょう。
北の核開発状況の提出と同時に、直ちに解除の手続きに入るなどと報道されています。なんというけしからんことでしょうか。申告内容の徹底した完全検証については、明白に聞こえてきません。その報告も、議長国ということで、中国だけに提出するわけでしょう。友好国である中国の、ワンサイドな判断に委ねることにもなりそうな気配です。強いアメリカが超大国の威信にかけて検証してもらいたいのですが、アメリカの存在が低下していますね。もう二十年ほど前に、アメリカは世界の頂点から滑落しましたでしょうか。困りますよね、こんな調子では。アメリカ頼みの日本としては、藤原秀衡を失った源の義経みたいなものです。
イラクの湾岸戦争終了時にシュワルツコフ将軍が、「アメリカは世界一の国ということさ」なんて鼻高々に話していました。でもあれ以降、自由の女神像はだんだん小さくなっています。
先だっての日朝直接協議で、北朝鮮の虫の息を感じたばかりです。なのにこのままでは、北が息を吹き返してきそうです。押して押して、土俵から突き落とさなければなりません。政府が「経済制裁を一部解除する用意がある」なんてすぐさまバーター的なことをいうんですよね。おバカさんです。拉致問題解決なくして、明日のほほえみは訪れませんし、今日の涙は止まりません。
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2008年06月26日

6月26日 養母とタヌキ

昨日の6月25日は、私の養母の命日でして、平成9年に没しました。存命なら丁度百歳でした。気丈な女だったんです、

昭和二十年代の末、南薩摩にも戦後の不安定な社会生活からようやく抜け出し、農業に漁業に人がいきいきと暮らしはじめていた。私の養母もカツオとサツマイモに精の出る毎日でした。そんなある日、サツマイモと野菜の栽培のため人里離れた山間の畑まで出かけたんです。
その畑の近くに渓流がありまして、お昼どき水を求めて、いつもの洗い場まで。手を洗い所携の鎌を洗い、両手で水を掬い口にはこんだ。そしてもうひとくち。そんな心地よさにしたった瞬間、左後ろの草むらがざわめく。ふと振り向くや、一尺五寸ほどのタヌキが一匹招くかのように誘いをかけているではないか。怪しくその体を動かし、顔は陶酔するかのように、やさしく物狂いしてるかのような目に吸い寄せられていく。まわりがおかしい。空気が淀み、日差しが妖しく屈折し、タヌキの吐く息が自分に移りかかるような間近に感じられる。養母は、なんとなく虚脱感を感じ眠気すら覚えてきた。
「タヌキが語りかけている、どこかいいところに誘っている。それともここに寝ろというのか。だが、こんなことを俗に化かされるというのであろうか。もしそうなら化かされてはいけない」
そう意識を感じとった養母は、無意識なままに鎌を握っていた。
「エイッ」
鋭い鎌の刃は、タヌキのひたいにくいこんでいた。瞬時に涼やかな風が蘇り、周囲が見えてきた。せせらぎの音、小石があっていつものように穏やかな清い水が流れている。どうだったろうか、あのままタヌキに導かれたならタヌキ御殿とやらへ着いただろうか。
山があって畑があって家族がいて。そんなうつつが、とても素晴らしく感じられた。

そのタヌキをなめして、襟巻きにしてしまったんですね。依頼された業者が、よく退治したと驚いたそうです。明治41年生まれの働き者でした。
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2008年06月25日

6月25日 新築工事

私の自宅のはす向かいで、住宅の新築工事がはじまりました。カケヤの澄んだ音が、快く耳にとどいています。建売でしょうか、注文でしょうか。あるいは建て替えなのでしょうか。億とまではゆかずとも、数千万円の夢が、形になろうとしています。
私はこのトントンカンカンという大工さんの音が好きなんです。そこの現場の大工さんたちが働き者なんですね。朝の8時にはもう初めていますし、スピーディーに
叩いていて、音が途切れナインです。当然請負仕事で、もう次の現場が頭にちらついているのでしょう。そうでないと大工さんも張り切れません。後期を一日でも短縮できれば、そのぶん儲けになりましょうから。確かなしっかりしたいい仕事をしていただき、施主の生涯の夢をお手伝いしてあげて下さい。

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2008年06月24日

6月24日 ホウヅキ

都内で、愛宕山なんてご存じでしょうか。私は存じませんでした。もちろん愛宕という地名は存じていましたが、愛宕神社が頂にあって、六本木とはとうてい思えない静寂なお山なんですね。なんでも標高26メートルあって、23区では一番高いお山なんですね。
その愛宕山で、昨日今日とホウヅキ市が催されているんです。昨日、中央区内に用事があったものですから、そのついでに寄り道しました。なんでも浅草寺のホウヅキ市より歴史があるそうなんです。でもその規模は小さく、さほどの賑わいもありませんでした。でもそんなことはどうでもいいんです。ベニホウヅキの赤い花を愛でることができれば。というわけで、しゃがんで、ゆっくり見せていただきました。私のバディいわく、「子供時代に花を摘んで手のひらでポンポン突いて遊んでいた」なんて申しますから、無邪気でいいころだったんですね。ひと鉢買えばお払いが受けられるとのことでしたが、見るだけで充分ということで、客にならないで失礼させてもらいました。そして、出世階段といわれる梯子段状の階段を下りてバイバイいたしました。数えながら下り、86段あったでしょうか。
見上げればヒルズがその威容を誇示し、現代の六本木風情が、いやおうなしに迫ってまいります。時の政治経済を手玉にとる大人物がいかほどおられましょうか。やはり自己利益最優先で動いておられましょう。大いに結構ですが、法律破りなさらないでオキバリヤス。
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2008年06月23日

6月23日 雨の日曜日

雨の日曜日でしたね。静かな静かな雨の日曜日でした。
土曜日までは、選挙カーが、狭い狛江の町を一日中叫びまわるものですから、その喧騒だったこと喧騒だったこと。さらにあの便利屋の、「使えなくなったオートバイ、冷蔵庫、洗濯機などなんでも・・・・」というコールが加わればもう最悪でした。それがすっかり消えてしまい、普段どうりのサイレントな様子を取り戻しています。ですから昼寝というおまけがつきました。


そこは目黒のアメリカ橋の近くだった。俄に雨雲が上空を覆いはじめ、大粒の雨が私の顔を濡らしはじめた。程なく大雨になるは必定。だが宿る軒などない。思い思いのアウテリアにデザインされた門柱の高級邸宅が並ぶばかり。その途端、大粒な雨が。頭に顔に。身を隠すほどではないが、どうにか頭ひとつ濡らさずにすみそうな塀の隅を見つけた。濡れるよりはましと避難したものだ。ひとあめが過ぎるまでと雨雲を見上げた瞬間、黒塗りのハイヤーが、私の直近で停止し、後部シートのウインドーが降りた。
「申し訳ありません、こやみになりましたらすぐに離れますので、暫くこのまま雨宿りさせていただけませんか」
「ここのものですが、どうぞ中で雨宿りしておいでなさい。遠慮なさらないでどうぞ。すぐに迎えのものをよこしますから」
中年のご婦人のように思えた。化粧も落とし、ごくごく道ですれ違うような気さくなお方のようだった。都心の大邸宅で暮らす、近寄りがたいようなご夫人とは感じられない。しかし、どこかで記憶しているような、そんな気もしたのだが。車はそのまま邸内の車寄に停まった。表札には佐藤と記されているが、存知うるはずもない。
そして数分後、私の前にさきほどのご婦人が花柄の洋傘をさしてほほえんでいる。口紅をさし眉毛のラインを強めにひいている。
「違う違う、普通のおかみさんなどではない。日本中を熱狂させているあの・・・・。こんなことがあっていいのだろうか。」


「春はふたえに巻いた帯、みえに巻いても余る秋・・・・」。私はこの歌が好きなんです。きっと詞が好きなのでしょう。もしご存命なら、どんな歌を歌ってくれたでしょうか。きっと人生七十年のぬくもりに包まれた心の・・・・。
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2008年06月22日

6月22日 ひばり神社

一昨夜の衛星テレビで、ひばりさんの四時間番組を放送してましたね。前々から予告がありましたから、そのことは存じていました。でも、ひばりさんはこれまで充分過ぎるほど見たし聴いたということで、遠慮しようと決めていました。
ところが、家族がその時間そのチャンネルに合わせたところ、もう駄目ですね。すっかり釘づけになってしまいました。なんなのでしょうね、あのひとの無限の魅力は。的確な言葉でズバリ応えることなどできません。ファンでなくとも魅了されてしまいます。だからこそ、NHKも自信をもってワイド番組を組めるのでしょう。その番組のなかで、これまで聴いたことのない歌をまたまた聴かせてもらいました。味のあることあること、女王だの歌姫だのと、そんな軽い表現じゃすまされません。歌の女神さまか如来さまとでもよばせてもらいたいぐらいです。
どうでしょう地元といいましょうか、生誕の地横浜市に「ひばり神社」を建立なされては。各分野で功績を残した方々の記念館は、あちこち見られますが、神として祀られたお方は多くはないでしょう。そうなれば、全国からのツアー客が殺到しましょうか。私はそれほどのファンではありませんが、二度や三度、お参りに行きますがねえ。おみくじを買って休憩所で、ひばりまんじゅうかひばりだんごでもいただきますよ。
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2008年06月21日

6月21日 ブラジル百年

ブラジル移住を開始して、百年になるんですね。水曜日の「そのとき歴史が動いた」を見て感動しました。明治という荒涼とした時代に信念を貫いて生きた先人たちには、心底感服します。
土佐藩出身の水野竜(みずの りょう)さんという情熱かが、日本とブラジル政府を説得し、未開の大地ブラジルに夢をかけたんですね。そのさきがけのため、神戸港から二ヶ月かけてチリに上陸し、あのアンデスを越えてサンパウロをめざしたといいますから気絶ものです。そうして全ての準備を整え、第一陣700人余りが渡航なさったそうです。その後、日本各地から渡った日本人労働者が、どれほど勤勉に働いたか想像なさってください。当初はコーヒー園での労働という約束が、事態の変化に伴い、転職した人も多数だったそうです。転職といいましても、農奴ですから血を吐くような苦しみだったことでしょう。よくぞ耐えて耐えて、大農園主や実業家などになったものです。その結実が、今の日系社会なんですね。
私の高校時代の友人で、ブラジル帰りのお方がおられました。小学校時代に両親と帰国したんですね。そのお方の履歴に、「サンパウロ生まれ」と書いていました。本人も異色的存在を誇示したかったのでしょうか、自慢げな感じにもうけとられていました。そのお方いわく、お菓子のことをポルトガル語で「バーラ」というそうです。そこだけ印象に残っています。いまブラジルはブリックスとよばれる大国に成長しました。リオデジャネイロが、オリンピックの候補地として東京と競い、国連常人理事国入りもめざしていますね。未来に夢を託した日伯関係を維持し続けてもらいたいものです。
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2008年06月20日

6月20日 狛江市長選

二十二日の日曜日、狛江市長選挙と市会議員の補血選挙があるんです。今が選挙戦の真っ只なかで、狛江市という狭い町が、熱気を帯びて燃えています。
共産党と、自民党と、民主党とががっぷりよつに組んでいますね。この狛江という町、実に熱い町でして、狛江駅なんて、常にハンドマイクの舌戦が途切れません。そして、ボランティアさんたちの地道な応援活動が、夜おそくまで続いています。いやいやそればかりか、告示される前から、選挙カーがフル回転でした。内容的にも違反ではと気になるような言葉で走りまわっていたんです。こんな自治体は、他に類をみないのではないでしょうか。告示日には、志位和夫さん、管直人さん、田中靖夫さん、鴨下環境相など国政選挙なみの騒ぎでしたね。
ここまで立候補者が気勢を上げるのですから、市民も無関心ではすまされないでしょう。かなりの投票率ではないでしょうか。
そして戦いすんでどうなりましょう。駅前の狭い路地に溢れカエル放置自転車を解消するというふれこみですが、きっと今のままの事態が続くと思いますよ。喉元過ぎればなんとやらでしょう。どんな結果がでるか楽しみです。
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2008年06月19日

6月19日 同性婚

米国カリフォルニアの州法で、同性同士の婚姻が認められるようになったそうですね。マサチューセッツ州についでの解禁だとか。さぞかし俗に、オカマさんやオナベさんとよばれるお方さんたちで、結婚という形をお望みのカップルさんたちには朗報だったことでしょう。さすがにアメリカ、進んでいるといいましょうか、さばけているといいましょうか、やはりそんな意味でも世界のリーダー国です。
日本の憲法では、基本的人権の保障ということで、自由とか平等の規定に照らし、こんなカップルにもおひさまが当たってもよさそうなものでしょうが。やはり倫理的にも、生物学的にも却下なのでしょう。でも私は憲法を一部改正して、もう少し柔軟に対応なさったらとも思うんです。シビアに考えればもちろんノーなのですが、あらゆる権利だとか通常の保障措置を適用するわけにもまいりませんでしょうが。せめて同性結婚という枠をもうけ、社会保障制度を緩和してなんらかのお情けをという意見です。人の生きる世界には、人の数ほど本性があります。もって生まれた人の愛の方向性を誰が干渉できましょう。反社会的な罪人なら否定しましょうが、こんなことあって当然なことでしょう。
でも、こんな形で婚姻したお二人さんたち、その先の未来形は幸福で終わるんでしょうか。ようやく勝ち取った夫婦も、離婚がその結論だったというカップルも多いかもしれませんね。愛なんてスリリングな状態にあるからこそ、燃え続けられていけるとも。晴れて夫婦なら、おおいに愛し合ってくださいということでしょうが、悪い病気だけは絶対願い下げです。
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2008年06月18日

6月18日 寺とアジサイ

街を歩けば、どこかの辻にアジサイが咲いてます。雨に咲くアジサイなんて、水の精華そのもののような美しさでしょう。寺町の垣に作アジサイ小道を、番傘をさして二本差しが歩く風情は、眠狂四郎だけの美の世界でしょうか。

前方から近づく女が立ち止まり、狂四郎を見つめて口を開いた。
「卒爾ながら、狂四郎さまとお見受けいたします。今宵の雨はやらずの雨とおぼしめされ、この身を一夜だけ所望願いませぬか。およしと申します。紫陽花宿までご案内いたしましょう」
「武家育ちのようだな。ただの夜鷹ではあるまい。この狂しろう、数多の女人と関係をもったが、その名を記憶にとどめる配慮を怠っていた。どんな趣向かわからんが、このまま幕を引くわけにもまいるまい。およしとか申したな、どんな趣向か拝見いたそう」
こんな決め台詞を残し、羽二重の裾を濡らしながらふたつの影は消えていく。この色めく紫陽花の花舞台でさえ、狂四郎の立ち姿が重なれば、ただの引き立てにしか映らない。花を添えるとは、このような趣をとどめおくときが一番ふさわしい。千両積んでも聞きたくなる決め台詞は、眠狂四郎だけに許された気障り無用のダンディズム。


そのようなおさむらい気分を思い描いて高幡不動尊まで。
アジサイも多種多様ですね。そのなかでひと際印象づけられたのが、カシワバアジサイでした。茎が延びて賑やかに咲き誇っているんですね。白を基調とした、細長い三角ばなとでも呼ばせていただきましょうか。傍らの見物客が、「柏の葉に似てるからそういうんじゃないか」などとつぶやいていました。そうなのでしょうか。
雨に濡れるアジサイならば、顔を近づけて私の頬も同じく濡らしましょうが、こんな好天ではそんなこともかないません。白いアジサイの陽炎を想起して、また逢えるそのときまで。
この名刹、奈良平安の歴史に心寄せられるとか。仏法に庇護されながら、奥ゆかしくそしてみずみずしく。
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2008年06月17日

6月17日 父の日に

母の日があり父の日があつて、家族のかけがえのない尊さを嬉しく思った日曜日の夜でした。娘が職場をはね、「父の日だから、外で植事しようよ」と誘いのメールが入り、その時刻そのお店へ。かなり込んでいまして、父の日に合わせた、家族連れがメインだったことでしょう。幼い子供さんたちが、甲高い声でさかんになにかをリクエストしているような。私どもの席のお隣から、「鎌倉時代の歴史がどうしたこうした・・・・、メタボにならないために・・・・」なんてヤングパパが嬉しそうに語っていました。いいですよね、こんな感じ。私もジョッキなまを口に運び、世間並みの父親である喜びを感じた夜でした。
報道によりますと、家庭崩壊の事件も多々聞こえてきます。父親になることはたやすいようですが、父親であり続けることはそれほど容易なことでもないようです。
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2008年06月16日

6月16日 市民音楽

「音楽芸術の町、狛江」なんてオーバーですね。でも、「市民音楽の豊かな町、狛江」なら許せましょうか。狛江駅近くのエコルマホールで、土曜日に筝曲と三味線と尺八の競演による邦楽を堪能させてもらいました。
今年で九年目のレギュラーコンサートだったんですね。私は尺八の竹の音色が好きなものですから、ルンルンで聴かせてもらったしだいです。
プログラムの演目全14のうち、5番から入場し、それぞれの奏者のテクニックにうっとりしたわけです。馴染みの曲もありますが、尺八演奏だけのために創作した曲など、じっくり味わせてもらいました。音楽という、耳で感じられる喜びにしたったわけです。ライブですから、放送やCDにない技をじかに触れさせていただいたわけです。その圧巻は、宮城道雄さんの代表作「春の海」でしたね。もちろんお琴の奏者との二重合奏でしたが、ある意味で二人だけの戦いだったのかもしれません。曲が有名であればあるほど、僅かなミスも許されません。瀬戸内の穏やかな海に数羽の海鳥。そこに船を通して魚を追う漁師。そんなきらめいた豊饒の海を、宮城先生は、心眼で旋律を我が胸中に刻んでいったのでしょうね。そんな季節と海鳥のはばたきを、二人の名手は、互いに挑みながら完璧に演じてくれました。いまこうしてキーボードを叩きながらも、あの音色が鮮明に蘇ります。
このブログをお読みのお方で、狛江市にお住まいの貴方、あるいはその近在にお住まいの諸君、定期的にバラエティーに富んだコンサートが当ホールで開かれています。機会があれば是非足をお運びください。もちろん無料です。
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2008年06月15日

6月15日 昨日の午前八時四三分

阪神淡路大地震の再来でした。震度が6だの、マグニチュードが7だのといいますから、いてもたってもおられないとは、また別な意味で、この地震のことだったことでしょう。今のところ犠牲者は三人ということですが、山崩れでホテルが倒壊し、七人が生き埋めといいますから絶望的ですね。奇跡的な生還劇があればいいのですが。
スペースシャトルが宇宙で活躍する時代、きわめて角度の高い大地震の予知は、まだ未完成ですね。海底地震は別にしても、内陸地震については、なんとかならないものでしょうか。断層地点に深い深い穴を掘り、最新の科学余地計を埋設して、地殻変動で余地予測するなんて幼稚でしょうか。IQトップクラスの科学者たちが、いつかいいものを作りだしてくれることでしょうけど。せめて大地震発生の一時間前に、警報を出せれば人的被害はグッと減少することでしょうね。
現地では大地震のあとで、しかも余震が続いていて、こんなことを書くのも不謹慎でしょうが、損保の掛け金がアップしはしないかと。私も昨年、地震にも対応した損保に切り替えたものがあるんです。万一のことを思い、地震も加えたわけですが、かなりの負担です。「いつまでもあると思うな親と金、ないと思うな運と災難」、仕方ないことなのでしょう。
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2008年06月14日

6月14日 ひょっとして

「北朝鮮が、これまでの拉致問題は解決済みという方針を変えて、再調査を始める」というビッグニュースが昨夕ありましたね。そんな直接交渉の朗報が飛び込んできました。私は素直にうれしいんです。それは、よど号ハイジャック事件の犯人も引き渡すという北の意志が併せて報じられたからです。通常といいますか北の常套手段では、ここまで踏み込んだことはありませんでした。私は、率直に喜びたいんです。
日本政府の経済制裁と、アメリカのテロ支援国家私邸がジンワリと効いてきたと、私も判断しています。韓国も融和政策の失政に気づき、中国も先進国の道を歩き出していますので、支援を得られない北のもがきなのでしょう。
でもこれまで、再調査だの特別調査だのといいかげん翻弄されてきました。どうでしょう今回は、同じ手が何度も何度も使えるわけもありませんので、いい流れになってきたと感じているんです。家族会の大多数は「信用できない、これまで何度もだまされてきた」といういけんが、支配的ですね。当然でしょう。家族会の皆さんが、一番その無念さを繰り返し味わってこられましたね。その意味で我々が軽率に浮かれてはいけませんが、よど号のことも絡ませて、脈があるように感じられてなりません。
今回の直接交渉が成果あるものなら、「やぅたね福田さん、斉木さん」と讃えなければなりません。小泉さんで5人が帰国できその後継たる安倍さんで最も期待したのに、総理職の放棄で愕然とさせられたからです。福田さんは、「自分が総理の時に解決する」とブッていました。私は眉つばだろうなんて疑っていたんです。もし前面解決なら、吉田茂さん依頼の大宰相と思うのですが。実現したなら、問責決議を通した民主党議員は、全員辞職ものですね。
ライムライトのチャップリンではありませんが、「どんな神様でもいいですから助けてあげてください」。
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2008年06月13日

6月13日 スピード水着

オリンピック代表の競泳選手が身につける水着で、連盟から大きな決断が出ましたね。本番の北京でOKというから、いい決着でした。これで日本選手もいいイメージを身体にしみ込ませて、最終トレーニングができることでしょう。
北島選手も軽やかな気分で、米国合宿に出発したみたいですね。私はスピード社のものより優れた水着を、日本のメーカーが開発するだろうと思っていました。結局、及ばなかったようですね。なんにせよ、北島選手の200メートル平泳ぎ世界新というサプライズがでたのですから、これが現実そのものでしょう。なにかと複雑な契約事情もありましょうが、違約金を払ってでもあの水着を使わないといけないでしょう。いま現在では、もう日本製には戻れませんね。
選手の皆様も、あの水着を身に着けることで、いい意味での暗示にかかり、いい泳ぎができることでしょう。
でも外国人選手の着用状況はどうなのでしょうか。全員がスピード社で挑むのでしょうか。そのあたりの報道がないようですが、どうなのでしょう。やはり最後は、自分の実力なのでしょうね。北島選手も優勝して、「超気持ちイイー」から、今度は「水着なんて、そんなの関係ネー」なんていってもらいたいものですね。
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2008年06月12日

6月12日 窓添水

窓添水なんてパソコン利用者の皆様のなかで、どれほどのお方がご存じでしょうか。また楽しまれておられましょうか。私はパソコン歴七年程度ですが、ワンパターンユーザーです。ですから、バラエティー豊かな活用はしていませんでした。したがいましてパソコン利用のアナログ派です。ですから窓添水なんて知るはずもありませんでした。
それが毎月1回の、私のパソコンサークルに参加した火曜日でした。インストラクターのサークルメイトのYさんからこの窓添水を紹介されたわけであります。あの清く澄んだ湧き水や谿谷を流れる清流が、聞こえてきたんですね。そして、水を蓄えたカケヒが動きだし、あの石を打つポンという竹の音がたまりません。もう裏千家や池坊の世界にいざなわれてしまいました。インターネットからダウンロードしてそのまま保存し、起動とともに優雅で風流な山水えまきの訪問者になりました。
私は「音声ソフトとの兼ね合いで、肝腎のキーボードの聞き分けにマイナスな影響がありはしないだろうかと一抹の不安もありました。ですが自宅で開いたところなんの支障もありませんでした。
これで無彩色な私のパソコンも、薄紅がかかったような小粋なものに変身したようなしだいです。この添水の他に、風鈴の音色などもあるようですし、いいものをあみだしているんですね。是非是非お取り込みのほどを。音だけでなく画像も映りますので、水の流れやカケヒの動きも楽しめますから、粋そのものです。
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2008年06月11日

6月11日 東京スカイツリー

「僕らは街の子元気な子、空を見上げればテレビ塔・・・・」という歌を覚えておられますか。私が小学生のころ、NHKの子供向けテレビ番組で、「ホームラン教室」という人気ドラマが放送されていました。そのテーマ曲で、小柳徹さんや牟田悌三さんが出演した、都会派のホームドラマでした。このとき既にタワーは完成していたんですね。
昭和33年に完成したその東京タワーに変わり、数年後新しいタワーがシンボルチェンジしますね。公募により、東京スカイツリーとネーミングしたというニュースが報じられました。樹木を意味するツリーというフィーリングがいいじゃないですか。東京タワーは戦後日本の復興を象徴するかのような、力強いシンボルでもありました。それが50年経ち、やさしい地球環境を創造するシンボルになれば、本当にいいですよね。
私が初めて東京タワーを見たのは、小学校五年生の夏休みでした。実父母に伴われてのことでした。その塔の高さに驚いたことしか記憶がありません。ただただ下から真上を見上げ、首が疲れるまでてっぺんを見続けていました。田舎の薄汚れた木造家屋しか見慣れない私にとっては、カルチャラルショックですよね。その結果、いつの間にか東京への憧憬が芽生えたのかもしれません。このタワーを写した額縁を数枚買って、主な親戚にお土産にしたものでした。
そして21世紀、この高さ610メートルの未来タワーが、新しい東京のランドマークになりましょう。1億人の人が見れば、1億の視点で眺めることになります。現代では超高層がごくごく普通のこととなりました。それでも、子供大人の別なく、多種多様の無限のでっかい夢を抱いてもらいたいものです。
posted by さっぜさん at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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