2008年06月26日

6月26日 養母とタヌキ

昨日の6月25日は、私の養母の命日でして、平成9年に没しました。存命なら丁度百歳でした。気丈な女だったんです、

昭和二十年代の末、南薩摩にも戦後の不安定な社会生活からようやく抜け出し、農業に漁業に人がいきいきと暮らしはじめていた。私の養母もカツオとサツマイモに精の出る毎日でした。そんなある日、サツマイモと野菜の栽培のため人里離れた山間の畑まで出かけたんです。
その畑の近くに渓流がありまして、お昼どき水を求めて、いつもの洗い場まで。手を洗い所携の鎌を洗い、両手で水を掬い口にはこんだ。そしてもうひとくち。そんな心地よさにしたった瞬間、左後ろの草むらがざわめく。ふと振り向くや、一尺五寸ほどのタヌキが一匹招くかのように誘いをかけているではないか。怪しくその体を動かし、顔は陶酔するかのように、やさしく物狂いしてるかのような目に吸い寄せられていく。まわりがおかしい。空気が淀み、日差しが妖しく屈折し、タヌキの吐く息が自分に移りかかるような間近に感じられる。養母は、なんとなく虚脱感を感じ眠気すら覚えてきた。
「タヌキが語りかけている、どこかいいところに誘っている。それともここに寝ろというのか。だが、こんなことを俗に化かされるというのであろうか。もしそうなら化かされてはいけない」
そう意識を感じとった養母は、無意識なままに鎌を握っていた。
「エイッ」
鋭い鎌の刃は、タヌキのひたいにくいこんでいた。瞬時に涼やかな風が蘇り、周囲が見えてきた。せせらぎの音、小石があっていつものように穏やかな清い水が流れている。どうだったろうか、あのままタヌキに導かれたならタヌキ御殿とやらへ着いただろうか。
山があって畑があって家族がいて。そんなうつつが、とても素晴らしく感じられた。

そのタヌキをなめして、襟巻きにしてしまったんですね。依頼された業者が、よく退治したと驚いたそうです。明治41年生まれの働き者でした。
posted by さっぜさん at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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