2008年09月21日

9月21日 なでしこ隊

昨夜のフジテレビで放送された、「戦場のなでしこ隊」という番組をご覧になられたでしょうか。終戦間際の特攻基地で、特攻兵士たちの世話をする少女たちのことなんですね。鹿児島県知覧町に所在する知覧女学校の生徒100名ばかりの女の子たちなんですね。その子たちが一心に尽くした23日間の記録でした。
私も七年ほど前、当地に赴き、平和祈念会館だとかとみや食堂だとか、自分なりに取材めいたこともいたしましたが、「なでしこ隊」の存在を知りませんでした。昨夜の放送で初めて知ったしだいだったんです。実に恥ずかしいことでもありました。
この子たちは、出撃間近の兵士たちに、つかの間の安らぎを与えることが任務ということでしょうか。食事や洗濯あるいは裁縫や使いばしりなどの用をこなし、兵士たちがふんぎりよく飛び立てるよう精神的なケアに任ずるわけであります。沖縄でのひめゆり部隊が献身的に医療奉仕などに従事したその鹿児島版とお考えになればいいかと思います。軍から厳命を受け、「兵士の前では絶対に涙を見せてはならん」というのが鉄則でした。その子たちが一番驚いたことは、軍神といわれた兵士の方々が、あまりにも若く、自分達とさほど変わらぬ年ごろの方々だった」ということでした。15か16の少女たちがモンペ姿にハチマキして挺身的に尽くしたんですね。この子たちに最後の言葉を残す者、気持ちをもちなおし再出撃する者、故郷の婚約者に重ねて手紙を託す者などさまざまでした。そして出撃のそのとき、桜の小枝を握り締めて、兵士達の名前を大声で呼びながら見送ったんですね。飛び立つ兵士たちの目にに写った最後の異性だったわけです。もう戦争が憎く悲しくてしかたありません。
そして終戦になり、彼女たちにも長い戦後がありますね。あのときの思いを話していましたが、まさに真実の極限に触れたひとの絶唱でした。こんなことを強制した軍部のささいなはなむけだったのか、むごいしうちだったのか、いずれを妥当と思えばいいのでしょうか。100名いたなでしこたちも、今では20名あまりだそうです。感受性豊かな成長期の彼女たちにとって、終生癒えない深い傷は残ったままです。どんな言葉でいたわってあげたらいいか、なにも思いつきません。
posted by さっぜさん at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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