2008年12月14日

12月14日 お殿様

今日は赤穂浪士の討ち入りの日ですね。そんな忠臣蔵なんて、数え切れないほど芝居になりました。もういやになるほど聞かされた演目ですね。浅野長矩(あさのながのり)が立て役で、吉良義央(きらよしなか)が敵役として語られ続けています。それも浅野側に賄賂がなかったとして、いじめを受けてしまいますよね。どうして浅野さまは、賄賂を拒んだのでしょう。どうして大石良雄は、賄賂の重要性を伝えなかったのでしょう。元禄という賄賂至上主義の時代に、浅野さまは馴染めなかったのでしょうか。5万三千石の全てを失ってしまいました。それも自分の命とひきかえに。硬質な武士の意地に勝るものなしと、武士道をかたくなまでに貫きとおしたということでしょうか。お芝居や講談ならこうなくっちゃいけませんが、城持ち大名といたしましては、応用力といいましょうか、弁えが足りなかったともいえるでしょうね。そんな仇討ちが幕府にとがめられ、浪士の家族など島送りになったものも少なくないんですね。大島に旅行し、そんな流人の碑が建てられていたことを思いだしました。本当にお殿様の振る舞いが大きな大きな波紋になったという史実に、あらためて封建社会の悲哀を感じます。
昭和62年の大晦日でしたでしょうか、民放ドラマで、「田原坂」が年末スペシャル番組として放送されたことがありました。その場面のひとつの台詞が忘れられません。西郷吉之助が島津久光に、こんな苦言を申し立てるんです。
「 もうこの日本に、殿様はいりもはん 」とこれまでの古い主従関係を否定するんですね。つまり、大名不用論を直々に上奏するわけであります。まさに武家制度がなくなるシンボリックなひとことでした。
明治維新から140年になりましょうか。大河ドラマの篤姫(あつひめ)も今夜で終了です。将軍だの大名だのと、長い長い日本の武家時代が続いたんですね。そんな恐怖の時代に生まれなかったことに感謝でしょうか。

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突然ではありますが、思うところがありまして、明日かぎりでこの菜の花日記を閉じさせていただきます。
posted by さっぜさん at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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