2008年09月25日

9月25日 一昨日の恐怖

二十三日は秋分の日ということで、馬事公苑まで出かけたんです。この日は毎年愛馬の日の催し物を企画していますから、遊園地を楽しむ子供と同じようなワクワク気分でした。おにぎりに簡単なおかずを用意して。バスで向かった次第でした。
目的はただひとつ、体験乗馬のサービスにあずかることなんですね。ところが、待ち時間90分だというんです。90分待って僅か1分程度の乗馬では満足というわけにもいきませんので、しかたなくあきらめたわけでした。もう残念無念ですよね。しかたなく馬場で乗馬による演技の数々でも親しませてもらおうかと陣取ったのですが、なにせ視力が届きません。それでもなんとかしなくてはと、両眼を皿のように開きました。でも、なにをしても駄目なものはいかんともしがたく。目をつぶり白昼夢の世界に迷いこんだものでした。そしてふと我にかえり目をさましたところ、目を見開き周囲を見回しても何も見えないんですよ。ただただ夜のごとく闇が広がり、地獄の迷路に落ちた絶望気分でした。肌にお天と様の熱は感じるのに、上空を見ても、光を感じません。「こんなときが自分にもついにきやがったな」と悟ったんです。それでも悲しいし悔しいし、あきらめきれない空しい気分に覆われました。
もう馬事公苑どころの気分ではありません。自宅目差して一目散でした。そうしながら帰宅して、ようやくあかりが覚知されるようになり。悪魔から少し解放された気になりました。
闇だらけの世界をいつかは覚悟しなければいけませんが、せめて光という最後の恵みだけはあと数年程度残していただきたいものだと、痛切に感じ取った一昨日でした。そんなわけで、恐ろしい恐ろしい、死刑判決を下されたような一昨日でしたね。
posted by さっぜさん at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月24日

9月24日 松平アナ

水曜日のそのとき歴史が動いたを楽しみにしている一人です。松平さんの格調高いナレーションに引きずりこまれています。通常の俳優さんや声優さんにない説得力を感じています。NHKという優等生環境のなかで、つちかわれた品性と重厚感に、ズシリとした歴史の流れに身を置くようなここちで、聞き入っています。松平さんなくして、この手の番組進行は託せません。
そのナレーションで、吉宗と宗春(むねはる)にスポットを当てた先週の水曜日でした。中世の英主と讃えられた徳川吉宗に対して、御三家筆頭の尾張藩主徳川宗春とが意地をぶつけあう政治の世界ですね。幕府の財政逼迫の金庫を、享保の改革を断行して、百万両という財を蓄えた吉宗は、満点将軍でした。米公方(こめくぼう)とも尊称されたほどの、農政者や農学者でもあったんですね。
カタヤ宗春は、世俗的な人間の楽しみや繁栄を狙った、賑やかさに満ち活気ある繁栄社会を、名古屋城下に実現させました。財政引締めの吉宗に対して、規制緩和の宗春といえましょう。最終的には、将軍という立場の吉宗に押し出されてしまいますが、宗春の藩政は痛快なものがあります。名古屋の民衆も倍に増え、江戸や大坂につぐ、商いの町を成していったということでしょう。いずれも経済学的に妥当な政治手法なのでしょうが、浮世遊興の政策は、世情の堕落の蔓延という形で終焉をむかえ、宗春は蟄居(ちっきょ)させられました。でもその心意気は大いに感じるところがあります。
どうでしょうかね、不景気だから倹約につとめ、財を蓄えていきましょうか。それとも人に楽しみや喜びを与え、活気を呼び込んでお金を流通させますか。でも所詮、人はやすきにつきますから、いずれお祭は幕をひくことになるようです。そんな語りを松平さんは、実に味わいぶかく伝えてくれます。紫綬褒章を是非あのひとに。
posted by さっぜさん at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月23日

9月23日 その次の総理は?

麻生自民党総裁が決まりましたね。結果はわかっていたとはいえ、5人もの候補者が争ったんですからいい結末を迎えたんじゃないでしょうか。しかも、小池さんという女性が立候補した意味は大きいのではないでしょうか。自民党という政党に、新しいインパクトを与えた意義は大きいと思います。
そこで麻生自民党ですが、目先の大問題といえる衆院選の行方ですね。麻生さんは、キャラクター的に、漫画ファンというアピールが受けますよね。該当演説で、若者たちを前にして「キャップテン翼を知ってる人」なんて問いかけていました。あんなご挨拶されたのではシビレてしまいますね。こんな親近感で迫られたら、無党派層はなびいてしまいましょう。そして、「小沢一郎の民主党に勝たなければならない」なんて真っ向に戦いを挑んでいますね。私は別に自民党支持派でもなんでもありませんが、敵の大将を名指しで勝負かけるのですからタフガイと思います。
さあ総選挙で勝ったほうが総理大臣ですが、あの麻生さん率いる自民党が有利になったような気がします。どなたが船頭さんになられても我々庶民は身を委ねるだけのことですが、気骨ある政治を望んでやみません。景気対策は重要ですし、同時に悲しんで泣き続けている一握りの家族たちに、笑顔を取り戻してあげてください。
posted by さっぜさん at 08:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月22日

9月22日 彼岸花

今の時期、彼岸花が見事ですね。近所をウォーキングしていると、あちこちで季節の喜びを楽しませてくれています。お彼岸ならでわの、ぴったりした赤い花なのでしょう。あの世からの御霊さんたちも、喜んでくれそうな、鮮やかなベニの色でいいじゃないでしょうか。私も手を差しのべ、愛でながら親しんだんですよ。
その赤い彼岸花さんは、かみそりばなとか、まんじゅしゃげともよばれるそうですね。また、似たような名前で、まんだらげという花もありますね。私は存じませんが、古来から医療にも用いられているようです。有吉佐和子さんの華岡青州 (ハナオカセイシュウ)では、麻酔薬の製法にも使用されていました。
花は美しいばかりでなく、人体に有益なものもありましょうし、草だって薬草もありますね。またケシボウズのように、悪魔めいたものもあります。どこかで人との関わりがあることを思えば、口にしなくとも野菜のように、大事な大事な命の泉でもありましょう。
posted by さっぜさん at 07:41| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

9月21日 なでしこ隊

昨夜のフジテレビで放送された、「戦場のなでしこ隊」という番組をご覧になられたでしょうか。終戦間際の特攻基地で、特攻兵士たちの世話をする少女たちのことなんですね。鹿児島県知覧町に所在する知覧女学校の生徒100名ばかりの女の子たちなんですね。その子たちが一心に尽くした23日間の記録でした。
私も七年ほど前、当地に赴き、平和祈念会館だとかとみや食堂だとか、自分なりに取材めいたこともいたしましたが、「なでしこ隊」の存在を知りませんでした。昨夜の放送で初めて知ったしだいだったんです。実に恥ずかしいことでもありました。
この子たちは、出撃間近の兵士たちに、つかの間の安らぎを与えることが任務ということでしょうか。食事や洗濯あるいは裁縫や使いばしりなどの用をこなし、兵士たちがふんぎりよく飛び立てるよう精神的なケアに任ずるわけであります。沖縄でのひめゆり部隊が献身的に医療奉仕などに従事したその鹿児島版とお考えになればいいかと思います。軍から厳命を受け、「兵士の前では絶対に涙を見せてはならん」というのが鉄則でした。その子たちが一番驚いたことは、軍神といわれた兵士の方々が、あまりにも若く、自分達とさほど変わらぬ年ごろの方々だった」ということでした。15か16の少女たちがモンペ姿にハチマキして挺身的に尽くしたんですね。この子たちに最後の言葉を残す者、気持ちをもちなおし再出撃する者、故郷の婚約者に重ねて手紙を託す者などさまざまでした。そして出撃のそのとき、桜の小枝を握り締めて、兵士達の名前を大声で呼びながら見送ったんですね。飛び立つ兵士たちの目にに写った最後の異性だったわけです。もう戦争が憎く悲しくてしかたありません。
そして終戦になり、彼女たちにも長い戦後がありますね。あのときの思いを話していましたが、まさに真実の極限に触れたひとの絶唱でした。こんなことを強制した軍部のささいなはなむけだったのか、むごいしうちだったのか、いずれを妥当と思えばいいのでしょうか。100名いたなでしこたちも、今では20名あまりだそうです。感受性豊かな成長期の彼女たちにとって、終生癒えない深い傷は残ったままです。どんな言葉でいたわってあげたらいいか、なにも思いつきません。
posted by さっぜさん at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

9月20日 お彼岸

お彼岸ですね。思い返してみれば、両親のお墓参りを一年以上していません。さぞかしあの世で、おかんむりなことでしょう。
養父が昭和56年に、養母が平成9年に没しました。私のバディーが毎日お茶を供え、両手を合わせてはいますが、その程度ですむ問題ではないことでしょう。鹿児島県の田舎町の市営墓地に永眠していますので、なかなか都合よくお花も供えられません。どうかご勘弁のほどを。東京近郊にお住まいの皆様方で、関東一円にご先祖さまのお墓を有しておられるお方、墓守はどうなさっていましょうか。今の私では、バツが悪くて将来両親と一緒に入れません。
もう十年ほど昔になりましょうか、青山墓所で一部お墓を売り出したことがありましたね。テレビの報道番組でその人気ぶりを紹介してました。青山ですから殺到します。なかには「一億円でも買うね」なんて強気なお方もおられました。わかる気がします。本当の意味で、自分の永眠の地ですものね。生きている今の地所や家屋はもちろん大事でして、リフォームなどお金をかけて快適な住環境をつくらねばなりません。でも、年を重ねるにつれ、お墓の大事さがジワリとわかるようになりました。私の級友がその昔、「俺の趣味は、お墓の掃除だ」なんて話していたことを思い出します。あの頃彼は、そんな浄土だの冥福だのとわかっていたのでしょうか。
幸い私の市営墓地は、実家から歩いてでも行ける距離にあります。気勢したなら毎日でもお参りしますので、今しばらくご辛抱願います、ご両親さま。
posted by さっぜさん at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月19日

9月19日 国民新党

民主党が国民新党を飲みこもうとしてますね。どうなさったんでしょうか国民新党さんは。小さい政党の悲哀を感じましたでしょうか。それとも、小沢一郎さんにコントロールされましたか。
国民新党は郵政民営化に反対し、相当の覚悟をもってたちあげた政党で、遊撃的に正論を貫きとおす政党を期待しているのですが、そうはいきませんでしょうか。民主党に組み込まれるなら初めから他の選択があったのにと誰もが思うことでしょう。一昨日の報道では処遇の話ばかりで、政策のビジョンなんか報じられていません。綿貫代表を最高顧問に、亀井兄弟を大臣クラスになんてバカげたことしか云々されていません。みなさんなにかの肩書きあるポストしか眼中にないのでしょうか。小沢さんが民主党に合流されるさい、「一兵卒でがんばる」といいながら、民主党を自分のものにしてしまいました。つい先般、自民党との大連立騒ぎでは責任をとる形で辞任会見したあとで慰留されたとたん、てのひらを返すなど首をかしげることが多いんです。俗にいわれる「作っちゃ壊し、作っちゃ壊し」のパターンでしょうか。

小さい政党の無力さはりかいできますが、それを承知で結党したわけですから、やりぬきとおさなければ意味がありませんよね。国民新党がほんまものの政治活動をしたなら、いつか有権者も支持なさってくれると確信しますがどうでしょう。いろいろとごもっともな評論はありましょうが、わたしは信念の貫徹を重視したいんです。田中靖夫さんの新党日本や鈴木宗男さんの新党大地だって、そうそう簡単に雲散霧消してはいけません。初志貫徹を強調はしませんが、なにか形を残してステップアップしてください。
posted by さっぜさん at 08:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

9月18日 第三の人生

今後五年十年経てば、私のような団塊世代が大挙して高齢者のお仲間になります。とにかく高齢者が増えてしまい、私の田舎でも人材を募集しているのは介護福祉事業所だけだそうです。
私は田舎で小さなアパートを所有していますが。このたび初めて福祉専門学校の生徒が間借りすることになりました。いわゆる医療現場での見習い実習で、二ヶ月足らずの短期賃借だそうです。とうとうこんな専門学校から入居希望が現れたかと、時代の移ろいを感じています。そして田舎のその近所に、そんなお年寄りを対象とした医療介護マンショウもオープンしました。病院もサイドビジネスとして鼻息があらいようです。いま私が住む狛江市の住宅街に、高級介護分譲マンションがありまして、中古ながら、3800万円で売り出しています。なにもかもいたれりつくせりで、優雅な老後生活を約束されています。もちろん月々の支払いも相当額ですが、やはり東京ですよね、すぐに売れてしまうんです。本当に老人大国ニッポンを思い知らされます。
そんな社会事情ですが、福岡県太宰府に、十年程前に開校した国士舘大学福祉専門学校が閉校してしまったというんですね。当然、介護福祉士の視覚取得の学校です。結局入学志願者が、定員割れしているためなんでしょう。日の出の勢いの福祉関連ですが、立地条件の悪さが響いたのでしょう。これが大都会で、交通至便であれば順風満帆だったやもしれません。福岡なんて九州一の大都市なのですが、それは市街地だけのことでありまして、JRで福岡市を離れ、小さな駅から便数の疎らなバスに揺られてというのでは福祉も介護も振り向かれないようです。
皆様はどのような老後プランをお考えでしょうか。もし私がとり残されたなら、介護の賃貸マンションしかないかと思っています。そのときは、私の第三の人生が始まることになります。
posted by さっぜさん at 10:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月17日

9月17日 藤沢もの

このところ藤沢周平さんの短編ものに触れる機会がふえました。武家ものにせよ、町人ものにせよ、身近な暮らしのなかでの人同士の人情や、生きていくための意地が絡んだりしたストーリーは、グッと味わいを深めてくれています。
そしてページを追いながら、時代は変わろうとも、男と女のマインドシップやスキンシップは、昔も今も言い尽くせない彩があることを思い知っています。「おまえさん」とか「おっかさん」という江戸弁漂う庶民ばなしがいいじゃないですか。東北は山形ご出身のお方とは思えません。作中のところどころに、出合い茶屋など、お遊びな場面もなくてはならない舞台で、そんな粋を必要としてますね。山本周五郎が硬派の庶民小節なら、藤沢さんは、やや世俗的な遊び人の世界にも通じた作風でしょうか。そんな浮いたやりとりに、自然と招かれていきます。
また機械があれば、藤沢劇場に出会えましょう。いい男が先を歩き、かわいい女があとからついてくる。現代の恋物語とはそぐいませんが、お江戸の窮屈な恋ばなしとして、肩入れしながらはまり込んでいます。
posted by さっぜさん at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月16日

9月16日 むいから民家園コンサート

一昨夜の名月の宵に、狛江のむいから民家園で、オカリナとハーモニカの演奏会があったんです。去年は、尺八と古典舞踊、ならびに民話を聞かせてもらいました。ことしはハーモニカという身近な楽器で、季節の歌に親しんだわけです。
民家園ですから、広い畳敷きに腰を下ろし、日本各地の風情をそれぞれのひとが思いを寄せたにちがいありません。民家園の周囲には、ススキや萩が目に映り、スズムシたちが耳に語らいかけてくれるロケーションでのひとときでした。
女性ボランティアのリードによって、歌いながらの演奏を聴いたわけです。おおがかりなコンサートに聴き入ることはありましても。このようなお茶の間コンサートに興じることも珍しいことかもしれません。いいお月見の夜でした。
帰宅して、お出かけ前にこしらえていたボタモチをいただいて、十五夜としたしだいでした。出窓にセットしている我が家の簡易仏壇にも、お供えしてのひとときでした。日ごろの小さな小さな安穏に感謝しています。
posted by さっぜさん at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

9月15日 敬老の日 

今日は敬老の日で祝日ですね。こんな祝日なんて有難いものやら、なにもそのような有難いことなどないような。今の私にとりましては、なんとも複雑な思いがあります。
私はあと六年で高齢者の仲間入りなんです。老人と高齢者、いずれがすんなりと耳に聞こえてきましょうか。マユズミ ジュンさんという女性歌手をご存じかと思います。たまの唄番組で見かけますね。天使の誘惑というあの頃のヒット曲を歌ってくれます。赤いミニスカートのドレスで、きれいなお膝を出していいムードで聴かせてそして魅せてくれますね。その黛さん、私より二歳年上なんです。さすがにフレッシュな若さはありませんでしょうが、まだこれから嫁にでもいきそうな勢いを感じたのは、私といかほどおられましたでしょうか。(言いすぎでしたか、すみません)。私などもそうやすやす年なんかとっておられません。
私も六十歳から、もう一度人生が始まると思っているんです。始めたいスポーツもひとつやふたつありますし、いまひとつお手てにしたい楽器もあります。「定年すぎたらあれこれやらなくちゃあ」と考えていたものがあります。ひとつずつ門を叩いてみましょう。人様が「なんだあいつはみっともねえ」なんて笑いましょうとも、自己満足を楽しまねばなりません。まだそんな時間は充分ありそうですから。
そのうち敬老の日に「おめでとう」とか、「うんと長生きしてね」などといわれることもあるでしょう。そんなときは、「病院が遠すぎてねえ」なんてこたえなければなりません。
私の健康食品ナンバースリーは、ヤクルト、ヨーグルト、ピーナッツなんです。今日もあしたもあさっても。
posted by さっぜさん at 09:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月14日

9月14日 今度の総理は?

かつて東宝で、「日本のいちばん長い日」という戦争映画が上映されました、いちばん長い日とは、昭和二十年八月十五日をさすわけでありまして、なるほど一番長かった日だったことでしょう。そんな長い日を、NHKの「そのとき歴史が動いた」で二週にわたって放送しました。第一夜は、陛下が八月十五日の正午、あの玉音放送を流すまでの軍部と政府の争いを中心に描いていました。つまり徹底抗戦の阿南陸相と降伏を主張する東郷外相とのかけひきでした。そして第二夜では、九月二日のポツダム宣言に従い、戦艦ミズーリにおける調印にいたるまでの苦しい過程を伝えていました。いずれも日本がこれまで経験したことのない敗戦による降伏という絶望の記録でした。なんにしても、最終的に陛下の御聖断で事を決したということになります。つまり、「意見や議論は出尽くしました。政府では決しかねますので陛下が決めて下さい」ということになります。総理大臣がいましてもまとめることができなかったわけなんです。総理の優柔不断は、昔からあったわけなんです。陛下が東郷茂徳の意見に賛同しなかったならば、さらに日本は壊滅的になり、私も生まれていなかったことでしょう。
テレビで自民党総裁選を盛り上げています。総裁イクオール総理大臣ですから、自民党だけの問題ではありません。候補者五人ということですから、いい傾向にあります。それぞれの持ち味をアピールしてますね。でも、「私が総理になったら、途中で投げ出すという無責任は絶対いたしません」という候補者はいないようです。「苦しくなったら変わってもらおう」などというヤワい総理が、繰りかえされなければいいのですが。阿南さんや東郷さんのような、鉄の意志をもつて、国政に挑んでくださいませんか。戦時中の苦しさを思えば、石井選手ではありませんが「屁のつっぱりにもならない」と思いますが。
posted by さっぜさん at 09:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

9月13日 ふるさとを歌って

学校唱歌といいましょうか、童謡といいましょうか、今の季節に親しんでいる曲がいくつかあります。赤とんぼ、もみじ、旅愁、里の秋などですね。そして、兎追い氏かの山・・・でお馴染みの「ふるさと」もなんとなくこの季節に合っているような気がします。
いろんなコンサートを聴きにいっても、どこかでこの曲のふるさとが歌われるのではないでしょうか。高野辰之助さんというひとが作詞し、岡野貞一さんというひとが作曲した不朽の名曲ですよね。この作詞家は、信州出身のお方だそうで、自分の幼かったころの山河や、わんぱく仲間たちを懐かしんで書かれたことはいうまでもないことでしょう。コンサートホールで誰もが心のなかで歌い、郷愁や、あの子あの人を思い出しながら、懐古して聴いていることと思います。もうかなうことのないあの頃の情景を追いながら、「今だったら私はこうする。あんなことにならないためにこうしたい」なんて、取り戻すことのできない現実に、しんみりさせられます。
日本人にとってなんとも名曲なのですが、少々チクリとした詞の言葉も感じる私でもあります。二番の文頭に、「こころざしをはたして いつの日にかかえらん・・・・」というくだりなんです。時代が時代でもありますし、押し付けがましい教育が本流だったこともそのひとつです。伸び伸びした個人の自由意志の戦後世代にはそぐわない「そんなことほっといてくれ」とでもいいたくなるかもしれません。志どころか、職もなく家もなく、明日なんて来てくれるなという人も多いことでしょう。なかには不本意な死をむかえ、異骨となって、故郷の土をふむひともいるはずです。むしろ成しえたと満足なさるお方なんて、一握りかもしれません。でも年を重ねるにつれ、望郷心ばかりがはやり、不安定な毎日を送られる人も少なくないでしょう。いまふるさとは疲弊しています。若者がいないんです。六十歳は若い範囲になろうとしています。帰省を迷われている貴方、いい結果を残せず、田舎が遠く感じられる貴方、迷いましたら帰省なさってください。田舎には空き家だらけです。じいさんばあさんの住んでいた古いいえが、超割安で賃借できることでしょう。でも、ある程度我慢すれば、快適住宅になるんではないでしょうか。
歌は歌として心に残し、明日の自分を大事に生きるために、少年時代を過ごしたユートピアが、貴方を待っているかもしれません。
posted by さっぜさん at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月12日

9月12日 北への光と風

重病説ということでしたが、意外と軽くてすんだような感じでしょうか。キムジョンイルの運の強さでしょうかね。脳卒中ということですが、脳溢血なのか脳梗塞なのか、それともクモ膜下なのかなにもかも闇のなかです。
なんとなく私にはクモ膜下のような気もします。いわゆるジョンイルガールズたちと、夢心地の最中にプツンときたような気がします。中国やフランスから医師団を要請したといいますから、危なかったことには違い奈褐炭ですね。昨日の報道では意識があるということですが、なんとかもちこたえられそうですね。そして現代は、リハビリ優先の医療現場ですので、ある程度の回復につながりましょうか。あんな人命軽視といいましょうか、人命無視の国なのに、将軍さまということになれば世界から助けを乞うようです。幾万人もの人命を踏み潰しておきながら、この様子がたまりません。同じひとりの人なのに。
これで後継者を決めることになるんでしょうか。さすがに我が子を、次期後継者というわけにもいかないようですね。中国から「社会主義に世襲制度はない」なんて釘を刺されていますので、党や軍の特定者に落ち着きましょうか。軍の若手将校たちによる反乱はないのでしょうかね。青年たちにはあんな閉鎖された社会でも、世界の流れのなにかを掴んでいるはずでしょうから。とにもかくにも、民主主義の光を入れるような、風穴を誰かが開けてください。
posted by さっぜさん at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月11日

9月11日 秋風鈴

皆様、風鈴といえば真夏ですよね。でもご存じのおかたも多いかと思いますが、パソコンで春夏秋冬の風鈴の音色をBGMで楽しめるものですから、秋の風鈴を心地よく楽しんでいます、味わっているといったほうが妥当かもしれません。この窓風鈴というネットのグッズをダウンロードしてから、少しばかり風流な私になったような気がしています。
炎暑続きの夏が終わり、ようやく秋風とともに、乾いた季節の音色を奏でてくれています。暦の立秋と同時に、夏風鈴から秋風鈴に吊るし変えの予定でしたが、あの暑さでしたから、今になってしまいました。夏物はパソコンタンスにしまいこんだのです。こうして記事を書きながら、どこか東北の田舎の風情を想像してキーを叩いているんです。夏物は凛と澄んだ細い鉄の音ですが、秋物は、カラカラした瀬戸物のような音なんです。これもなかなか味わいがありますよ。古寺があって、冴えないお坊さんが通り過ぎて行くような趣です。
私はまだ、冬の風鈴と春の風鈴を知りません。仲良しのOさんによれば、「冬も春も、季節にぴったりした音色ですよ」とのこと。それもまた先のお楽しみです。
posted by さっぜさん at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

9月10日 重病説

「やはりそうだったか」というのが実感でした。今朝のトップニュースでしたね。北朝鮮のキムジョンイルが、重体もしくは重病ではないかという説がかなり濃厚になりました。もうひとつきほど前に早稲田大学の重村先生が、「キムジョンイル死亡説」のような憶測めいたものを週刊誌に明らかにしていましたね。それでも世間的に騒いでいませんでしたので、完璧な未確認情報と片付けていました。それがけさのニュースで、昨日の建国六十年の式典に欠席したということで、俄然高度な情報になってしまいました。今後の最大の関心事ということになりましょう。
当然気になることは、拉致問題の行方です。全ての日朝の交渉が中断しないかという危惧されます。個人的には一日でも早く他界してもらい、なにかのエネルギーが作用して、新生北朝鮮として生まれ変わり、拉致解決という朗報を期待してなりません。でも他界したところで、新たな後継者のもとに、引き続き暗黒政治を引きずっていくのでしょうか。党や軍の最高幹部たちは、我が身を守るという保身に躍起になることでしょうから、明るい希望は困難かもしれませんね。いつかキムジョンイルは自国の新たな流れにより、裁きを受けてもらいたいと願っていたのですが、それも遠のいたような状況下になりましたでしょうか。そんな意味では残念です。
今の事態がどう推移するのか、今後どんな状況に発展していくかなど誰にもわかりませんが、ただただ民主国家として第一歩を踏み出してもらいたいものです。そんな意味で、ひとつひとつの動向が大ニュースです。
posted by さっぜさん at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月09日

9月9日 新理事長に期待

相撲協会の最終判断が決まりましたね。理事長が交替し、疑惑の二力士が解雇されました。適切に決断したと思います。
特に二人の兄弟力士は、検査結果が出たにもかかわらず、大声で否定したわけですから同情もできません。むしろ被害者であるかのようでした。権威ある機関が判定したわけですし、自分の行動を省みて認めることをしなかったのでしょうか。ますます救いようのない立場に追いやられてしまいました。処分を最小限にくいとめたいなら、なぜ素直に認め、積極的に自白しなかったのでしょうか。親方がシラをきるようにいいふくめたのでしょうか。潔く告白し、許しを乞うものなら謹慎程度で済んだかもしれません。幕下や三段目あたりから、這い上がることもかのうだったと思います。あのように強気で突っ張れたものなら、なにも同情する気にもなりません。難しいですね、外人を育てるのは。
このたび新理事長に就任した武蔵川理事長は、武蔵丸を入門させるさい、二年ぐらいの猶予期間をおいたそうですね。その間に、ものになるかそうではないかを見極めたうえで入門を許したということでした。そんな武蔵川親方が協会を束ねていくわけですから、緊張感も漂う相撲界に戻りそうな気がします。今の恵まれた環境で育った子供たちがお相撲さんになるわけですから、厳しく鍛えて育てあげることだけでは無理でしょう。でも基本的には、「鉄は熱いうちに・・・・」なのでしょうね。
posted by さっぜさん at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

9月8日 カイモメシ

昨夕のカミナリさまはすごかったですね。大昔なら、天が怒ったということになるかもしれません。私も外にいたのですが、落雷に直撃されはしないかと気がきじゃなかったです。
そして一夜が明け、いつもの穏やかな朝を迎えて、ツクツクホウシさんたちのコーラスに耳を傾けているんです。さすがにヒグラシは聞こえてきません。数が少ないんでしょうね。もう数日前の夜になりましょうか、外出先から帰宅途中、スズムシの鳴き声を聞いて、秋という涼しい季節を歓迎もしました。
昨夜、イモご飯でして、歌の題名ではありませんが、里の秋を懐かしんだしだいでした。鹿児島県なんてさつまいも県ですから、昔はよくご飯にサツマイモを混ぜて食べていたんですよ。イモメシではなく、カイモメシというほうが正解でしょう。サツマイモのことをカライモともいいますが、それを縮めてカイモなんて地元ではいうんです。少々塩を効かせて炊きあげますので、おいしいですよね。でも当事は、貧しさの象徴的なスタイルでした。今ではかえって贅沢でしょうか。このカイモメシに汁ものとタクアンでも添えれば、充分ですね。こうして都会暮らしをしていますからこんなものを食べたくもなるのかもしれません。地元で暮らす方々は、たぶん召し上がらないと思います。そんな都会暮らしをしていることを、実感させられた昨夜でした。
posted by さっぜさん at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

9月7日 甲州八珍果(こうしゅうはっちんか)

甲州八珍果(甲州はっちんか)なんて皆様聞かれたことございましょうか。大昔からの甲州地方の果物の特産品で、ナシ、ブドウ、モモ、リンゴ、カキ、イチジク、ザクロ、クルミなんだそうです。先月、甲州信州を旅して、初めて耳にしました。甲州なんてブドウとワインばかりが思い出されますが、やはり山里の国なんですね。そのほかにも、穀物類や野菜など、豊かな自然の宝物がイメージされてきます。
そんな果物の味をあれこれ想起しますと。お隣静岡県では、イチゴが盛んですね。でもこのイチゴ、厳密には野菜の類なんですよね。あんな見事な色や形をして、甘く女の子のようなかわいらしさがあるのに、なんて思います。でもイチゴちゃんは、畑のものだから野菜だというんです。つまり、木のものじゅあないということなんですね。そういえばうなずくしだいです。高いところにぶらさがっていないと、果物になりませんか。そんなことどうでもいいのですが、大地の恵みをつくづく感じさせられます。
花が実を結んで、いい季節です。果物の美味をいただきながら、健康づくりに今日も何かをぜひ。
posted by さっぜさん at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月06日

9月6日 ナシと養母

今の季節、ナシがおいしいですね。ブドウとともに、なかなかのお味です。でも私が子供のころ、いずれも好きではありませんでした。あのころのナシといえば、鳥取の二十世紀でした。私にとって果物といえば、一にも二にもバナナでして、黒く腐れかかったものでも、最高の果物でした。もちろんマスクメロンなんてそのような超高級品なんて見たこともありませんでした。パイナップルもよく出回ってはいたのですが、あのスッパイあじがいただけませんでした。むしろ缶詰のほうがありがたかったですね。そんなナシでしたが、私の養母が大の好物でして、にこやかに食べていたことを思い出します。
そして十月の十五夜に、ナシとブドウとボタモチを、縁側に用意した食台に並べ、お月様にお供えしていたころを鮮明に思い出すんです。養母はナシが好きで、養父はボタモチが好物でした。そうそうそのほかに、おにしめも添えられていました。ところが、いずれも、私は嫌いなものばかりでして、親を困らせたものでした。しかたありませんね、好き嫌いのはっきりした子供時代ですから。そして今、おいしくナシもブドウもいただいています。今の時期、イチジクもありますし、柿もそろそろですね。私のそんな子供時代のことなどなにひとつ知らないバディーですから、自然な状態で出てまいります。全てのものに、「おいしいおいしい」とにこやかにいただいているんです。それも心底そう思いながら。
そんないい子になった私が、あのころにもどったならば、さぞかし養父母も、うれしく毎日を過ごしていたことでしょう。昨夜の夕食、大きなナシを口にしながら、そんな昔ばなしを思い出していたんです。
posted by さっぜさん at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。